AREHDの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

参入の壁として最初に取った産廃の許可を、60年目に本業の外へ出した。1983年11月に自社製の銀地金がロンドン金属取引所の公認ブランドとなり、1994年11月にはマレーシアへ現地法人を設立して東南アジアの電子産業を追う。1997年4月に地域5社を吸収合併してアサヒプリテックへ商号を変更し、1999年10月には貴金属リサイクル専業として株式を店頭公開する。2015年3月には英ジョンソン・マッセイの北米精錬事業を取得した。2023年4月には中核会社をリサイクル・精錬販売・産業廃棄物処理の3社へ分割し、2024年3月に産廃を担うジャパンウェイストを株式交換でレナタスへ移して持分法適用の関連会社としている。創業から同じグループに置いてきた2つの事業のうち、外へ出したのは許認可で参入を阻んでいた側だった。

  • 1999年10月 株式店頭公開
    業績の推移

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