iPhone特需へのロボドリル増産投資と、需要集中がもたらした業績の振れ
2012年実施スマートフォンという単一製品の需要に、生産能力をどこまで合わせるか——特需を取りにいった設備投資
- 概要
- 2010年代前半、ファナックは米アップルのiPhoneのアルミ筐体を削る小型工作機械「ロボドリル」の需要急増を受け、筑波工場の生産能力を倍増させた。中国でiPhoneを組み立てる鴻海精密工業など台湾系EMSを主な納入先とする特需に、能力を合わせにいった設備投資である。
- 背景
- 汎用NC装置で世界シェア約5割、営業利益率4割超を築いたファナックに、2010年頃からスマートフォン筐体の加工という新しい大口需要が生まれた。中国では賃金の上昇を受け、工場が人手を機械に置き換える動きも広がっていた。
- 内容
- 東洋経済オンラインによれば、ファナックは2012年12月に筑波工場で増産投資に踏み切り、ロボドリルの生産能力を月産500台へ倍増した。投資額はおよそ200億円とされ、鴻海向け売上は2011年度の523億円から2012年度の869億円へ拡大した。
- 含意
- 単一の最終製品の需要に能力を合わせた結果、iPhoneの製品サイクルに業績が連動した。2013年に需要が失速して減収減益となり、2015年3月期にiPhone6関連で過去最高益を更新したのち、2020年3月期には純利益が734億円へほぼ半減した。
特需に能力を合わせるという賭け
この判断の核心は、変動の大きい工作機械の世界で「売上が三分の一に減っても利益を出せる体質」を掲げてきた会社が、スマートフォンという一つの最終製品の需要に生産能力を合わせにいった点にある。特需は本業の寡占的な収益に上乗せされる果実だったが、その大きさは、アップルと、その受託生産を担う中国のEMSの製品サイクルに委ねられていた。能力を積み増すほど、需要が引いたときの余りも増える。
結果として、ファナックの決算には、汎用NCの安定と、スマートフォン連動の振れという二つの顔が現れた。特需をつかむ判断そのものが誤りだったとは言い切れない。2015年3月期の最高益は、能力を持っていたからこそ拾えた需要でもある。課題は、一つの顧客・一つの製品への集中がもたらす振れ幅を、どこまで自社の収益構造として引き受けるかにある。汎用NCで築いた寡占と、スマートフォン特需の変動をどう組み合わせるかは、次の大口需要が現れるたびに繰り返し突きつけられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
汎用NCの寡占と、商品を絞る「憲法」
ファナックは、工作機械を動かすNC(数値制御)装置で国内シェア約7割・世界約5割を握り、売上高営業利益率が4割に達する超高収益企業だった。創業者・稲葉清右衛門氏が築いた経営は、NCとサーボモーター、そして機械を組み合わせた商品に事業を絞る原則を守り、この「憲法」に沿う製品だけを手がけてきた。スマートフォンの金属筐体を削る小型工作機械ロボドリルも、NCとサーボと機械を束ねた同社の得意領域にあった[1]。
スマートフォンと中国が生んだ新しい大口需要
2010年に米アップルがiPhone4を発売すると、アルミの削り出し筐体を高い精度で加工する工作機械として、ロボドリルの需要が世界的に急増した。中国ではiPhoneを受託生産する鴻海精密工業など台湾系のEMSが加工の担い手となり、あわせて、賃金の上昇を受けた中国の工場が人手を機械に置き換える動きも広がった。ファナックのアジア向け売上は、2010年3月期の約487億円から2011年3月期には約2,245億円へと一気に膨らんだ[2][3]。
決断
特需に合わせて生産能力を倍増する
ファナックは、この特需を一時のものと片づけず、生産能力そのものを引き上げる判断を下した。東洋経済オンラインによれば、2012年12月に筑波工場で増産投資に踏み切り、ロボドリルの生産能力を月産500台へ倍増させた。投資額はおよそ200億円とされる。鴻海向けの売上は2011年度の523億円から2012年度の869億円へ伸び、連結売上高の1割から2割弱を占めた。工作機械の需要は景気で振れやすいため、稲葉清右衛門氏は売上が三分の一に減っても利益を出せる体質づくりを説いてきたが、今回はスマートフォンという単一の最終製品の需要に、能力を正面から合わせにいった[4]。
結果
特需の反転と業績の乱高下
反転は早く訪れた。iPhone5の販売が伸び悩むと需要は急速にしぼみ、2013年4〜6月期は減収減益に転じた。積み増したばかりの生産能力は余り、ロボドリルを含むロボマシン部門の採算は悪化した。2014年3月期の連結売上高は4,509億円と、ピークの2012年3月期の5,384億円から2期続けて縮んだ。創業者・稲葉清右衛門氏は2013年に取締役を退いた[5]。
それでも需要の波は続いた。2015年3月期はiPhone6の量産に伴う特需で連結売上高が7,297億円、純利益が2,076億円と過去最高を更新し、アジア向け売上は約3,916億円まで達した。だが特需が一巡すると反落し、2020年3月期の純利益は734億円と、2019年3月期の1,542億円からほぼ半減した。アジア向け売上も約992億円まで縮んだ。汎用NCの安定した収益と、スマートフォン連動で振れる収益という二つの顔が、決算のたびに現れた[6]。
- 日経ビジネス 1985年10月28日号「強さの研究・ファナック」
- 日本経済新聞(2011年5月25日)「産業ロボ中国拡大」
- 東洋経済オンライン(2013年8月11日)「ファナックにのしかかる、iPhone依存のツケ ロボドリルが急失速」(中川雅博)
- ファナック 有価証券報告書(2011年3月期・2013年3月期・2015年3月期・2019年3月期・2020年3月期)