ミツミ電機との対等統合による総合電子部品メーカーへの転換
「元祖買収王」は、買収ではなく社名まで変える統合をなぜ選んだか——電子部品再編下の生き残り
更新:
- 概要
- 2015年12月21日にミネベアとミツミ電機が対等の精神による経営統合で基本合意し、2017年1月27日にミツミ電機を株式交換で完全子会社化して「ミネベアミツミ」が発足した経営判断。ミツミ電機株1株にミネベア株0.59株を割り当て、社名まで変える対等統合の形をとった。新会社の会長兼社長にはミネベアの貝沼由久社長、副会長にはミツミ電機の森部茂社長が就いた。
- 背景
- ミネベアは45年で33社を買収してきた「元祖M&A企業」だが、成長を牽引するスマホ液晶向けLEDバックライトの先行きに有機ELへの移行という不安があった。相手のミツミ電機はゲーム機向けの失速で売上高が半減しており、電子部品業界の再編が相次ぐなかで、補完し合う技術を持つ両社が組む道を選んだ。
- 内容
- ミツミが得意なアンテナ・センサー・コネクター等の入力・制御機器と、ミネベアが強いベアリング・モーター等の出力機器は競合が少なく補完関係が成り立つ。両社は「対等の合併」を掲げ、貝沼社長が目標としてきた売上高1兆円・営業利益1000億円に近づく目算を示した。市場では「ミネベアによるミツミ救済」との見方も強かった。
- 含意
- 45年で33社を呑み込んできた会社が、買収ではなく相手の名を残す対等統合を選んだ点にこの判断の含みがある。統合後は不採算事業の見直しとベアリング需要の拡大、任天堂「スイッチ」特需が重なり業績は急改善した。選択と集中が主流の電子部品業界で、補完技術を足して規模を追う「生き残りの統合」が成長の型へと変わっていった。
買収王が、名を捨てなかったということ
この統合の含みは、「元祖買収王」と呼ばれた会社が、買収ではなく相手の名を残す対等統合を選んだ点にある。45年で33社を呑み込んできた拡大の型からすれば、ミツミ電機を子会社として飲み込むだけでも筋は通ったはずである。それでも社名を「ミネベアミツミ」と改めたところには、統合を確実に前へ進めるために形式にこだわらないという実利の判断と、相手の技術者や現場の気持ちを引き寄せる意図の両方が読み取れる。救済か対等かという当初の評価の割れは、その後の業績改善によって背景へ退いていったとみることができる。
電子部品の世界では「選択と集中」で事業を絞る流れが強いなか、ミネベアミツミは補完し合う技術を足し合わせて規模を追う道を進んだ。統合が即座に効果を生んだ一因は、10カ月の助走で一体感を先につくった手順にあったとみられる。ただ、M&Aで「時間を買う」戦略は、買った先で現場が動くかどうかに成否が左右される。次々と会社を取り込む拡大が、どこまで一つの企業文化としてまとまり続けるのか——生き残りのための統合が成長の型へと変わっていく過程に、その問いはなお残されているといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
次の柱を探す「元祖買収王」
ミネベアは極小ベアリングで世界最大手として出発し、45年間で33社を買収してきた「元祖M&A企業」と呼ばれる会社であった。2010年代半ばの成長は、スマートフォンの液晶画面を照らすLEDバックライトが牽引していた。ただ、バックライトを不要にする有機ELをディスプレーに採る動きが出はじめ、この主力がいつまで競争力を保てるかは見通しにくくなっていた。貝沼由久社長は売上高1兆円・営業利益1000億円を目標に掲げ、次の柱となる材料を探していた[1]。
2015年3月期にIFRSへ移行したミネベアの連結売上高は5006億円、翌2016年3月期は6098億円へ伸び、営業利益は500億円台に乗せていた。ベアリングと電子機器の二本柱を掲げてはいたが、電子部品の品揃えでは村田製作所や日本電産といった大手に見劣りし、規模でも水をあけられていた。買収で規模と技術を取り込む拡大の型は、高収益を保ちながらもこの時期まで変わっていなかった[2]。
苦境のミツミ電機と、相次ぐ再編
相手のミツミ電機は、任天堂のゲーム機向け電子部品で稼いだ会社であった。ピーク時には1000億円を売り上げたが、ゲーム機の失速で業績が悪化し、連結売上高は2008年3月期の3000億円超から2015年3月期には1500億円強へと半分に落ち込んでいた。スマートフォンや車載モニターに使うカメラのオートフォーカス部品を新たな柱に据えたものの、単独で会社を牽引する力は欠いていた[3]。
2015年は電子部品業界で再編が相次いだ年であった。厳しい競争のなかで各社は互いの技術を求めて組み合わせを探し、ミネベアとミツミの統合はその年の再編劇のトリにあたった。ミツミが得意とするアンテナやセンサー、コネクターといった入力・変換・制御の機器は、ベアリングやモーターなど出力側に強いミネベアとは競合が少なく、補完の関係が成り立つ組み合わせとみられていた[4]。
決断
「買収」を捨て、社名を変える統合
2015年12月21日、ミネベアとミツミ電機は対等の精神による経営統合で基本合意した。ミツミ電機株をミネベア株に交換して完全子会社化し、社名を「ミネベアミツミ」に改める方針であった。新会社の会長兼社長にはミネベアの貝沼由久社長が、副会長にはミツミ電機の森部茂社長が就く体制が示された。翌2016年3月30日には株式交換比率が決まり、ミツミ電機株1株にミネベア株0.59株を割り当てることとされた[5][6]。
45年で33社を買収してきたミネベアが、ここでは買収という形をとらず、相手の名を残して社名まで変える統合を選んだ。両社長は20年来の旧知の間柄で年齢も同じであり、森部社長は「9月に貝沼社長から話があった。このスキームがいいと思ったし、貝沼社長は裏切らない」と語った。早くに話がまとまった背景には二人の信頼関係があったとみられる。どんな形でも統合を進めたいというミネベア側の意思が、社名変更という決断に表れていた[7]。
補完への期待と、「救済」という市場の目
統合のねらいは、技術の補完と規模の拡大に置かれた。両社の技術を組み合わせればIoT対応のセンサーや駆動装置など新しい製品を生み出す余地が広がり、生産の効率化も見込めた。貝沼社長は「1000人いる設計技術者を入れて技術力を高めたい」と述べ、森部社長は「ミネベアの精度の高い金型を使えば歩留まりを下げられ収益拡大につながる」と応じた。統合で売上高1兆円・営業利益1000億円という目標に近づく目算であった[8]。
もっとも、両社が「対等の合併」を強調する一方で、株式市場は冷静であった。「ミネベアによるミツミ救済の色合いが濃い」との声が少なくなく、基本合意の発表翌日、ミツミ電機の株価が一時15%を超えて上がったのに対し、ミネベアの株価は逆に一時5%を超えて下げた。救済とみるか対等とみるか、統合の性格をめぐる評価は当初から割れていた[9]。
結果
前倒しの完全子会社化と、即座に出た統合効果
株式交換の効力発生日は、当初予定した2017年3月17日から前倒しされ、2017年1月27日となった。許認可の取得と統合協議が想定以上に順調に進んだためであった。同日、ミツミ電機はミネベアの完全子会社となり、売上高7500億円規模の「ミネベアミツミ」が発足した。統合前に断行した不採算事業の見直しに、主力ベアリングの需要拡大と任天堂「スイッチ」向け電子部品の特需が重なり、旧ミツミの業績は急速に改善した[10][11]。
貝沼社長は統合を「想像以上にうまくいった」と振り返り、基本合意から約10カ月の助走期間を置いたことで、初日から会社の一体化を実現できたと説明した。旧ミネベア側が主導して現場を改善し業績が上向くと、旧ミツミの従業員にも「なんだ、できるじゃないか」と自信が生まれたという。統合の実務を通じて効果が即座に現れた点に、この判断の手応えがうかがえた[12]。
「時間を買う」M&Aの継続と、部品大手入り
貝沼社長は統合の成功を土台に、さらなるM&Aの実行を宣言した。機械加工品の案件は少ないが電子部品の案件は多く、自社の戦略に合う会社を買っていくと述べ、「M&Aの効果は1日で巨大になれること。『時間を買う』という言葉のとおりだ」と語った。同時に、買収でシナジーを出すのは難しく、現場にそっぽを向かれれば効果は出ないとも釘を刺した[13]。
統合の翌2018年3月期には連結売上高が8791億円へ伸び、ミネベアミツミはその後もM&Aを重ねて2020年度の売上高1兆円・営業利益1000億円という中期目標へ向かった。ベアリングを筆頭とする機械加工品と、ミツミから受け継いだ電子部品の二本柱に新たな柱を足していく構えで、村田製作所や日本電産と並ぶ電子部品大手の一角へと歩を進めていった[14][15]。
- 週刊東洋経済 2016年1月8日号「元祖買収王ミネベア ミツミ統合で生き残り」
- 週刊東洋経済 2017年7月1日号「この人に聞く ミネベアミツミ 社長 貝沼由久 統合効果が即座に発現 今後もM&Aを実行する」
- ミネベアミツミ「ミネベア株式会社とミツミ電機株式会社との経営統合に関する基本合意書の締結に関するお知らせ」(2015年12月21日)
- 日本経済新聞(2016年3月30日)「ミネベアとミツミ、経営統合の株式交換比率が決定」
- ミネベアミツミ「ミネベア株式会社とミツミ電機株式会社との経営統合に関する株式交換の効力発生日変更のお知らせ」(2016年10月12日)
- ミネベア 有価証券報告書(2016年3月期・連結・IFRS)
- ミネベアミツミ 有価証券報告書(2018年3月期・連結・IFRS)