関西みらいフィナンシャルグループの創設と完全子会社化による関西リテール基盤の集約

資本系列の異なる関西の地銀3行をなぜ一つの持株会社へ束ね、やがて完全子会社化へと畳んだのか

更新:

時期 2017年9月
意思決定者 東和浩 りそなホールディングス 社長
論点 関西圏リテール基盤の集約と地銀再編の受け皿づくり、および親子上場の解消
概要
公的資金を完済したりそなホールディングスが、傘下の近畿大阪銀行と三井住友フィナンシャルグループ傘下の関西アーバン銀行・みなと銀行を統合して2018年4月に関西みらいフィナンシャルグループを創設し東証一部に上場させたうえ、3年後に完全子会社化して関西リテール基盤を一体運営へ集約した組織再編。
背景
2015年に公的資金を完済したりそなは大阪の近畿大阪銀行を地盤に持つ一方、関西は地銀・第二地銀がひしめくオーバーバンキングの色が濃く、マイナス金利下で単独では成り立ちにくい地銀の再編が全国で進んでいた。三井住友傘下の関西アーバン銀行・みなと銀行と近畿大阪銀行は、資本系列を違えながら同じ関西市場で店舗網を重ねていた。
内容
2017年9月に3行統合を発表し、受け皿となる関西みらいFGを設立、2018年4月1日に発足させて東京証券取引所市場第一部へ上場した。りそなHDが議決権の約51%を握り、三井住友FGも最大約26%を保有して相乗りする形で、統合後の総資産は約11.6兆円に達した。
含意
2020年11月に親子上場の解消を掲げて完全子会社化を発表し、公開買付と株式交換を経て2021年4月に関西みらいFGを完全子会社とした。2024年4月には同社を吸収合併して階層を簡素にし、傘下3行のシステム統合を進めた。首都圏・埼玉と関西を両輪とするスーパーリージョナル体制が実務の面でも整った。
筆者の見解

系列を超えた再編は、何を残したか

この再編で目を引くのは、二つのメガグループが一つの上場地銀に相乗りするという、通常なら成立しにくい構図を一度受け入れた点であった。りそなは自前の近畿大阪銀行だけでは届かなかった関西全域の店舗網を、三井住友傘下の2行ごと取り込むために、あえて三井住友を持分法の株主として残す形からはじめた。完全合併で看板を一度に消すのではなく、持株会社の下に各行を並べて段階的に寄せていくやり方は、関東と関西を一つの本社で束ねてきたりそな自身の多銀行モデルの延長にあった。

だが相乗りの構図は、上場子会社と親会社の利益が衝突しうる親子上場という課題を抱えていた。3年後にりそながこれを完全子会社化で畳んだのは、ガバナンスへの市場の視線が厳しさを増した時期と重なる。系列を超えて基盤を持ち寄る入口の柔軟さと、最後は単独グループへ収斂させる出口の一貫性が、この再編には同居していた。人口減が進む関西で、集約したリテール基盤をどれだけの収益力に変えられるか。系列再編で得た店舗網が実を結ぶかどうかは、これからの数年に懸かっているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

関西のオーバーバンキングと、りそなの地盤

2015年6月に公的資金を完済したりそなホールディングスは、旧大和銀行以来の関西を地盤とし、大阪では近畿大阪銀行を傘下に抱えていた。だが低金利の常態化で地方銀行の本業の利ざやは細り、とりわけ大阪・兵庫は地銀・第二地銀がひしめくオーバーバンキングの色が濃かった。マイナス金利政策が導入された2016年以降、単独では成り立ちにくい地銀の再編が全国で進み、関西でも基盤の集約が避けられなくなっていた[1][2][3]

一方、大阪の関西アーバン銀行と兵庫県を地盤とするみなと銀行は、三井住友フィナンシャルグループの傘下にあった。両行はもともと旧住友・旧さくら系の地域銀行で、大手グループの傘下では成長投資が回りにくく、関西という重なり合う商圏で相互に競合していた。りそなの近畿大阪銀行と三井住友の2行は、資本系列こそ違え、同じ関西リテール市場で店舗網を重ねていた。ここに、系列を超えて基盤を持ち寄る再編の余地があった[4][5]

決断

資本系列をまたぐ3行統合と、持株会社の東証一部上場

りそなHDは2017年9月、傘下の近畿大阪銀行と三井住友傘下の関西アーバン銀行・みなと銀行の3行を経営統合すると発表した。同年11月に受け皿となる関西みらいフィナンシャルグループを設立し、12月に近畿大阪銀行株式を同社へ移したうえで、2018年4月1日に3行を束ねた同社が発足し、東京証券取引所市場第一部へ上場した。統合後の総資産は約11.6兆円に達し、関西を地盤とする地域金融グループとして最大級の規模となった[6][7][8]

資本の設計は独特であった。りそなHDが議決権の約51%を握って連結子会社としつつ、三井住友FGも最大で約26%を保有し、関西みらいFGを持分法適用会社として残した。すなわち二つのメガバンクグループが一つの上場地銀グループに相乗りする形である。りそなにとっては、自前の近畿大阪銀行だけでは届かなかった関西全域の店舗網と顧客基盤を、他系列の2行ごと取り込む判断であった[9][10]

完全合併ではなく、多銀行持株会社という型

3行を即座に一つの銀行へ合併させる道もありえたが、りそなが選んだのは各行の看板を残す持株会社型であった。関西アーバン銀行と近畿大阪銀行は2019年4月に合併して関西みらい銀行となり、みなと銀行は別法人として傘下に残した。地域ごとに根づいた店舗名や顧客関係を急に消さず、システムや管理部門を段階的に寄せていく設計である。これは、関東と関西の複数行を一つの本社の下に並べたりそな自身の多銀行モデルの延長線上にあった[11][12]

統合の主眼は、重なり合う関西の店舗網と後方部門の効率化にあった。低金利で本業の利ざやが細るなか、単独の地銀では負いきれないシステム投資や規制対応の負担を、グループ全体で分かち合う狙いである。りそなにとって関西みらいFGは、公的資金完済後に描いたリテールに特化した金融グループという路線を、関西という主戦場で厚くするための布石であった。東和浩社長のもとで進めたこの再編は、関西の地銀再編の受け皿としての役割も帯びていた[13][14]

結果

親子上場の解消と、完全子会社化

統合から2年半、りそなHDは2020年11月10日、関西みらいFGを完全子会社化すると発表した。上場親会社と上場子会社が併存する親子上場は、少数株主とグループ全体の利益が衝突しうるとして市場の批判を集めていた。りそなは公開買付と、関西みらい株1株にりそな株1.42株を割り当てる簡易株式交換を組み合わせ、2021年3月に関西みらいFGを上場廃止、2021年4月1日に完全子会社とした。相乗りしていた三井住友FGは持分を手放し、関西みらいFGはりそな単独のグループへと収まった[15][16][17]

完全子会社化で意思決定の重複が消え、りそなは関西みらいFGを一体で動かせる体制を得た。2024年4月には同社を吸収合併して中間持株会社を外し、グループの階層を一段簡素にした。並行して傘下3行の勘定系システムの統合を進め、最後まで別系統だったみなと銀行の事務・システム統合も終えている。首都圏・埼玉と関西の二つの地盤を両輪に据えるスーパーリージョナル体制が、ここで実務の面でも整った。関西の地銀再編の受け皿として動いたことで、りそなは関西圏のリテール銀行として最大級の基盤を固め直したとみることができる[18][19][20]

出典・参考
  • りそなホールディングス 有価証券報告書【沿革】
  • りそなホールディングス 有価証券報告書(連結)
  • りそなホールディングス(2018年4月1日)「株式会社関西みらいフィナンシャルグループの東京証券取引所市場第一部への上場及び株式会社関西アーバン銀行、株式会社近畿大阪銀行、株式会社みなと銀行の経営統合完了のお知らせ」(https://www.resona-gr.co.jp/holdings/news/newsrelease/detail/20180401_758.html)
  • りそなホールディングス(2020年11月10日)「株式会社りそなホールディングスによる株式会社関西みらいフィナンシャルグループの完全子会社化に向けた株式交換契約の締結(簡易株式交換)等に関するお知らせ」(https://www.resona-gr.co.jp/holdings/news/hd_c/detail/20201110_1397.html)
  • りそなホールディングス(2021年4月1日)「株式会社りそなホールディングスによる株式会社関西みらいフィナンシャルグループの完全子会社化完了のお知らせ」(https://www.resona-gr.co.jp/holdings/news/newsrelease/files/20210401_1a.pdf)
  • 日本経済新聞(2020年11月10日)「関西みらいFG、りそなが完全子会社化 上場廃止に」(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65998760Z01C20A1EE9000/)
  • 週刊東洋経済 2017年3月25日号「銀行マンの運命 三井住友傘下の地銀を統合 火蓋を切ったりそな」
  • 週刊東洋経済 2018年3月3日号「産業リポート りそなHDの挑戦と限界 さらば銀行!」