オリンパスの映像事業再建は、派手な新製品でなく部品と在庫という地味な足元を整える改革であった点に特徴があるといえる。ビス一つまで個別最適を貫く職人気質は、多品種を競う時代には過剰在庫と非効率の温床となっていた。門外漢の大久保雅治氏を据えて外からの目で当たり前のことを徹底させた手順は、内視鏡で培った現場主義を別の事業へ移し替える試みだったのだろう。
ただし黒字転換は事業構造の転換までは意味しなかっただろう。コンパクト機の収益はスマートフォンの普及とともに再び細り、狙ったデジタル一眼レフでの飛躍も果たせなかった。2005年の再建で映像事業に取り戻した第二の柱は、15年後には手放す対象となる。祖業カメラをどこまで抱え続けるかという問いに、この時の再建は答えを先送りした一手であったとみることもできる。