内藤隆福

オリンパス・元代表取締役社長

Naito Takatomi(敬称略)

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社長就任 1966年
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1905年に東京で生まれ、1931年に早稲田大学理工学部を卒業して同年12月にオリンパス光学工業へ入社した。1945年12月に取締役、1954年7月に常務取締役へ進み、1959年1月から生産部長兼本社工場長、1960年2月から第一事業部門を担当した。1963年12月に専務取締役、1964年12月に代表取締役に就任した。生産と技術を通した生え抜きである。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1967年6月、中野撤夫氏が取締役会長へ退き、内藤氏が取締役社長に就任した。入社から36年目にあたる。神田正吉氏・高橋冏氏・中野撤夫氏がいずれも安宅商会や日本生命保険から移ってきたのに対し、内藤氏は入社から一貫してオリンパス光学工業だけを歩いてきた。就任前の1966年10月期は単体売上高79.8億円と前期の82.1億円から減り、当期純利益も3.4億円から3.1億円へ減少していた。

在任中の主な施策
施策

1967年11月の寄稿で医療機械と情報の二領域を重点に挙げ、ファイバー技術を共通の基盤に据える方針を示した。1968年1月には米国の販売会社 Olympus Corporation of America を設立し、顕微鏡と医療機器の販売を強めている。1969年3月に第三事業部を新設し、医師の要請で始めた内視鏡を顕微鏡・カメラに次ぐ投資対象へ引き上げた。単体売上高は1967年10月期の95億円から1971年10月期の185億円へ伸びた。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1966〜1971年
在任中の業績
就任前(FY65)80億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 3件

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