オリンパスの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

本業の外で膨らんだ損失が、本業の選び直しを強いた。1950年に東京大学の医師の要請で胃カメラの開発に着手し、1963年に自社製の光学繊維でファイバースコープを完成させると、1969年3月に第三事業部を新設して内視鏡を顕微鏡・カメラに次ぐ投資対象に据えた。1985年のプラザ合意後の円高で輸出の採算が崩れると、1987年5月の常務会で金融資産運用の積極化を決めている。輸出で稼ぐ会社が運用で採算を補うこと自体は当時の判断として成り立つ。誤算は、含み損を確定させないまま2000年4月の時価会計導入をまたいだ点にあった。2011年10月に不透明な買収を調査した英国人社長ウッドフォード氏を解任すると、第三者委員会は簿外へ移した損失を1177億円と算定した。

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