1961 年7月

カメラ「オリンパス・ペンEE」を発売。爆発的ヒットへ

歴史的意義
自動露出とレンズ設計の組合せが開いたカメラの大衆化

ペンEEの設計思想は、撮影の全工程を自動化するという明確な目的に基づいていた。自動露出装置の開発だけでなく、焦点距離の短いレンズを採用することで距離調節も省略した点に、ハードウェア設計と市場ニーズの統合がみられる。シャッター機構を外部調達から自社開発に切り替えた判断も、自動化という製品コンセプトの実現に不可欠な技術選択であった。

背景

手動設定が求められるカメラとアマチュア市場の未開拓

1961年以前のカメラは、撮影にあたってシャッター速度や絞りを撮影者が自ら計算して手動で設定する必要があった。この技術的なハードルが、アマチュア層へのカメラの普及を阻む要因となっていた。写真撮影には一定の知識と経験が求められ、手軽に使えるカメラへの潜在需要は存在していたものの、技術面での制約から実現には至っていなかった。

オリンパスはこの課題に対して、シャッター速度と絞りを自動的に決定する「自動露出決定装置」の開発に着手した。従来のカメラではセイコーやコパルが製造するシャッターを採用していたが、自動化を実現するためにシャッター機構そのものをオリンパスが自社で開発する方針を採った。「EE」は「エレクトリック・アイ」の略称であり、技術的な自動化をカメラの名称に反映させた。

決断

自動露出カメラ「ペンEE」の発売とマス・マーケティングの展開

1961年7月にオリンパスは小型カメラ「オリンパス・ペンEE」を発売した。自動露出の搭載により、撮影者がシャッター速度や絞りを設定する手間が不要となり、シャッターボタンを押すだけで写真が撮れるカメラとして設計された。加えて、ペンシリーズで採用するレンズは焦点距離が短く、ピントの合う範囲が広いため距離調節も不要であった。これにより、撮影の全工程がほぼ自動化された。

発売と同時にオリンパスはマス・マーケティングを展開し、アマチュア層への訴求を本格化させた。カメラへの敷居を引き下げた機種として国内の評論家からも注目を集め、ペンEEに対する評判が広がった。1959年から発売を開始したペンシリーズ全体の販売台数は、1963年8月までに累計100万台を突破するに至った。これにより、オリンパスは顕微鏡や医療機器だけでなく、カメラメーカーとしても国内で広く認知されることとなった。