ニプロの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

新しい事業は、既存の得意先と競合しない場所から選んだ。アンプル管の取引で製薬会社とつながりながら、1965年4月に始めたのは医薬品ではなく製薬会社向けの輸液セット販売だった。1969年8月に富沢製作所を子会社として注射針の生産へ入り、1972年4月には日本プラスチック・スペシャリティーズを買収して株式会社ニプロと改称した。魔法瓶用中瓶の自動機も、大阪の地場産業を痛めるとして輸出を断り続けている。ただし2000年2月にはアンプル用生地管の独占販売権で輸入品を排除したとして公正取引委員会の排除勧告を受け。得意先を守る方針は、原料を握る側に立ったところで独占の指弾へ変わっている。

  • 2006年6月 ニッショー売却で小売撤退
    業績の推移
    200520062011
    売上高(億円)1,9232,0681,959
    経常利益率(%)4.55.96.8
  • 2000年2月 アンプル生地管の独占販売

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