1976年〜 創業期 ─ 極細ステンレスワイヤー販売から医療機器メーカーへの転身
朝日インテックの業績推移:連結
- 1976年 朝日ミニロープ販売を設立
- 1988年 朝日インテックに商号変更
- 1989年 ASAHI INTECC THAILAND CO.LTD.を設立
- 1991年 瀬戸メディカル工場を新設
- 1992年 極細ステンレスワイヤー販売から医療カテーテル製造業への転換と、国内初のPCIガイドワイヤーの製品化 ワイヤーロープの販社は、なぜ心臓カテーテルの製造業へ骨格を組み替えたか
- 1992年 国内初のPTCAガイドワイヤーとガイディングカテーテルを製品化
- 1994年 ASAHI INTECC (HK) LTD.を設立
名古屋発の極細ワイヤー商社として出発
朝日インテックは1976年7月、創業者・宮田尚彦氏が名古屋市守山区に「朝日ミニロープ販売株式会社」を設立して始まる。設立目的は極細ステンレスロープの販売で、産業用ワイヤーロープの細物分野に特化した商社としての出発であった。 [1][2]
- 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
- [1]1976年7月 宮田尚彦が名古屋市守山区に朝日ミニロープ販売株式会社を設立
- [2]設立目的は極細ステンレスロープの販売
1988年7月に商号を「朝日インテック株式会社」へ変更し、産業機器・医療機器・自動車部品など細物加工製品の取扱いを宣言した。商社から製造業への転身は、海外生産拠点の整備とほぼ並走して進む。 [3]
- 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
- [3]1988年7月に商号を朝日インテック株式会社へ変更
- 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
- [1]1976年7月 宮田尚彦が名古屋市守山区に朝日ミニロープ販売株式会社を設立
- [2]設立目的は極細ステンレスロープの販売
- [3]1988年7月に商号を朝日インテック株式会社へ変更
海外生産・医療機器ライセンスの取得
1989年9月、タイにASAHI INTECC THAILAND CO.,LTD.を設立し、初の海外子会社として東南アジア生産拠点を整えた。1991年10月には愛知県瀬戸市に瀬戸メディカル工場を新設、1992年3月に医療用具製造業の許可を取得し、国内初の心筋梗塞治療用PTCAガイドワイヤーとガイディングカテーテルの製品化に成功した。同年の医療機器ライセンス取得が、現在のメディカル事業(FY24売上構成89.8%)の起点である。 [4][5][6]
- 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
- [4]1989年9月 タイにASAHI INTECC THAILAND CO.,LTD.を設立(初の海外子会社)
- [5]1991年10月 愛知県瀬戸市に瀬戸メディカル工場を新設
- [6]1992年3月 医療用具製造業の許可取得・国内初の心筋梗塞治療用PTCAガイドワイヤーとガイディングカテーテルの製品化
1994年3月には香港にASAHI INTECC (HK) LTD.(朝日科技香港有限公司)を設立し中華圏拠点も確保、1996年9月には大阪府高石市にアテック株式会社を設立してメディカル製品の製造販売子会社を整え、1990年代の前半に「ワイヤーロープ販社」から「医療カテーテル製造業」への構造転換を完了した。 [7][8]
- 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
- [7]1994年3月 香港にASAHI INTECC (HK) LTD.(朝日科技香港有限公司)を設立
- [8]1996年9月 大阪府高石市にアテック株式会社を設立(メディカル製品の製造販売)
- 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
- [4]1989年9月 タイにASAHI INTECC THAILAND CO.,LTD.を設立(初の海外子会社)
- [5]1991年10月 愛知県瀬戸市に瀬戸メディカル工場を新設
- [6]1992年3月 医療用具製造業の許可取得・国内初の心筋梗塞治療用PTCAガイドワイヤーとガイディングカテーテルの製品化
- [7]1994年3月 香港にASAHI INTECC (HK) LTD.(朝日科技香港有限公司)を設立
- [8]1996年9月 大阪府高石市にアテック株式会社を設立(メディカル製品の製造販売)
北米進出と上場への布石
2000年10月には米国に駐在所を開設し、2004年7月にASAHI INTECC USA INC.へ組織再編した。2001年12月にはタイ子会社へメディカル専用工場を開設し、海外医療機器生産拠点の整備を行った。2003年9月、宮田憲次氏(後の第3代社長)が朝日インテック取締役に就任。2004年6月にはオランダに欧州駐在所を開設し、欧州市場の足場を得た。これらの拠点展開を経て、2004年7月に日本証券業協会への株式店頭登録(後の2012年4月に上場廃止)を実現、資本市場へのデビューを果たした。創業期28年の最終局面で、医療カテーテル事業の海外展開を加速させる資金調達基盤を整備した形である。 [9][10][11][12][13]
- 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
- [9]2000年10月 米国に駐在所開設、2004年7月にASAHI INTECC USA INC.へ組織再編
- [10]2001年12月 タイ子会社にメディカル専用工場を開設
- [12]2004年6月 オランダに欧州駐在所を開設
- [13]2004年7月 日本証券業協会への株式店頭登録(2012年4月に上場廃止)
- 朝日インテック 有価証券報告書【役員の状況】
- [11]2003年9月 宮田憲次が朝日インテック取締役に就任
連結売上高は2002年(最初の連結開示・FY01)の52億円から2005年6月期(FY04)の79億円へ、約4年で1.5倍に拡大した(連結業績長期推移)。創業者・宮田尚彦氏の経営期は、商社から医療機器メーカーへの転身という構造変化を完了した時期にあたる。 [14]
- 朝日インテック 有価証券報告書【役員の状況】
- [14]創業者・宮田尚彦の経営期は商社から医療機器メーカーへの転身を完了した時期
- 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
- [9]2000年10月 米国に駐在所開設、2004年7月にASAHI INTECC USA INC.へ組織再編
- [10]2001年12月 タイ子会社にメディカル専用工場を開設
- [12]2004年6月 オランダに欧州駐在所を開設
- [13]2004年7月 日本証券業協会への株式店頭登録(2012年4月に上場廃止)
- 朝日インテック 有価証券報告書【役員の状況】
- [11]2003年9月 宮田憲次が朝日インテック取締役に就任
- [14]創業者・宮田尚彦の経営期は商社から医療機器メーカーへの転身を完了した時期