朝日インテック の歴史

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創業 1976年
創業者 宮田尚彦
創業地 愛知県名古屋市守山区
創業
1976年7月、宮田尚彦氏が名古屋市守山区に朝日ミニロープ販売株式会社を設立した。産業用ワイヤーロープの細物に特化した販社で、極細ステンレスロープをOA機器や自動車の動力伝達を担う取引先へ納めていた。1988年7月に商号を朝日インテック株式会社へ改め、産業機器・医療機器・自動車部品の細物加工品を自ら作る側へ回る。1989年9月にタイへ初の海外子会社を置き、1991年10月には愛知県瀬戸市へ瀬戸メディカル工場を建て、1992年3月に医療用具製造業の許可を取得した。1996年9月には大阪府高石市にアテック株式会社を設けて製造販売を担わせ、販社から医療機器メーカーへの組み替えを1990年代の前半で終えている。
決断
量産は人件費の安い国へ出し、開発だけを日本に残した。カテーテルは医師の要望に応じて試作を繰り返す製品でありながら、世界の症例数を満たすには低価格の量産も要る。相反する二つを一拠点に背負わせず、1989年のタイを皮切りにベトナム・フィリピン・中国へ生産子会社を並べ、開発拠点は2006年の大阪、2018年の八戸、2022年の東京と国内に足していった。この分け方は、1992年3月に医療用具製造業の許可を得て国内で初めてPTCAガイドワイヤーを製品化したところから続いている。伸線とトルクとコーティングという極細ワイヤーの技術を、詰まった冠動脈へ通す一品目へ移した転換だった。作る場所と考える場所を国で分けたことが、2025年6月期の営業利益率25.1%を生んでいる。
現況
最大の市場は日本でも米国でもなく、中国である。2025年6月期の連結売上高1200億円の内訳は中国288億円、米国264億円、欧州246億円、その他213億円、日本189億円で、海外が84%を占める。事業別ではメディカルが1078億円と売上の9割にあたり、営業利益も334億円とデバイスの46億円を大きく上回る。ただし当期純利益は前期の158億円から127億円へ減った。買収した海外子会社ののれんなど110億円を特別損失に計上したためで、のれん残高は69億円から1億円まで減少している。取得して広げた事業の帳簿上の価値をほぼ全額落としたことが、次の中期経営計画を買収ではなく販売費及び一般管理費の抑制から始めさせた。
競合
デバイスを売る前に、それを使う医師と病院のほうを作っている。2024年2月にはケニアでカテーテル検査・治療の専門病院ELDORET HOSPITAL-ASAHI INTECC HEART CENTREへ出資比率45%で参画し、2025年4月にはサウジアラビアへ地域統括拠点を開設した。症例数の多い先進国で大手が競うのに対し、朝日インテックは症例そのものが少ない市場へ先に拠点を置いている。扱うのは血管へ通すガイドワイヤーとカテーテルで、ステントやバルーンのように治療そのものを担う機器は持たない。買収で治療領域そのものを加えてきたテルモと比べれば、領域の広さでは競争劣位にある。施術できる医師が増えなければ売れない製品を扱う以上、競争は性能の差だけでなく、手技を教えて症例を増やす速さでも起きる。
朝日インテック:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2002年6月期2025年6月期

創業ストーリー 創業期 ─ 極細ステンレスワイヤー販売から医療機器メーカーへの転身 (1976年〜)

名古屋発の極細ワイヤー商社として出発

朝日インテックは1976年7月、創業者・宮田尚彦氏が名古屋市守山区に『朝日ミニロープ販売株式会社』を設立[1]して始まる。設立目的は極細ステンレスロープの販売で[2]、産業用ワイヤーロープの細物分野に特化した商社としての出発であった。

  • 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1976年7月 宮田尚彦が名古屋市守山区に朝日ミニロープ販売株式会社を設立
    • [2]設立目的は極細ステンレスロープの販売

1988年7月に商号を『朝日インテック株式会社』へ変更し[3]、産業機器・医療機器・自動車部品など細物加工製品の取扱いを宣言した。商社から製造業への転身は、海外生産拠点の整備とほぼ並走して進む。

  • 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
    • [3]1988年7月に商号を朝日インテック株式会社へ変更
  • 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1976年7月 宮田尚彦が名古屋市守山区に朝日ミニロープ販売株式会社を設立
    • [2]設立目的は極細ステンレスロープの販売
    • [3]1988年7月に商号を朝日インテック株式会社へ変更

海外生産・医療機器ライセンスの取得

1989年9月、タイにASAHI INTECC THAILAND CO.,LTD.を設立し[4]、初の海外子会社として東南アジア生産拠点を整えた。1991年10月には愛知県瀬戸市に瀬戸メディカル工場を新設[5]、1992年3月に医療用具製造業の許可を取得し、国内初の心筋梗塞治療用PTCAガイドワイヤーとガイディングカテーテルの製品化に成功した。[6]同年の医療機器ライセンス取得が、現在のメディカル事業(FY24売上構成89.8%)の起点である。

  • 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1989年9月 タイにASAHI INTECC THAILAND CO.,LTD.を設立(初の海外子会社)
    • [5]1991年10月 愛知県瀬戸市に瀬戸メディカル工場を新設
    • [6]1992年3月 医療用具製造業の許可取得・国内初の心筋梗塞治療用PTCAガイドワイヤーとガイディングカテーテルの製品化

1994年3月には香港にASAHI INTECC (HK) LTD.(朝日科技香港有限公司)を設立し中華圏拠点も確保[7]、1996年9月には大阪府高石市にアテック株式会社を設立してメディカル製品の製造販売子会社を整え[8]、1990年代の前半に『ワイヤーロープ販社』から『医療カテーテル製造業』への構造転換を完了した。

  • 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
    • [7]1994年3月 香港にASAHI INTECC (HK) LTD.(朝日科技香港有限公司)を設立
    • [8]1996年9月 大阪府高石市にアテック株式会社を設立(メディカル製品の製造販売)
  • 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1989年9月 タイにASAHI INTECC THAILAND CO.,LTD.を設立(初の海外子会社)
    • [5]1991年10月 愛知県瀬戸市に瀬戸メディカル工場を新設
    • [6]1992年3月 医療用具製造業の許可取得・国内初の心筋梗塞治療用PTCAガイドワイヤーとガイディングカテーテルの製品化
    • [7]1994年3月 香港にASAHI INTECC (HK) LTD.(朝日科技香港有限公司)を設立
    • [8]1996年9月 大阪府高石市にアテック株式会社を設立(メディカル製品の製造販売)

北米進出と上場への布石

2000年10月には米国に駐在所を開設し、2004年7月にASAHI INTECC USA INC[9].へ組織再編した。2001年12月にはタイ子会社へメディカル専用工場を開設[10]し、海外医療機器生産拠点の整備を行った。2003年9月、宮田憲次氏(後の第3代社長)が朝日インテック取締役に就任[11]。2004年6月にはオランダに欧州駐在所を開設し[12]、欧州市場の足場を得た。これらの拠点展開を経て、2004年7月に日本証券業協会への株式店頭登録(後の2012年4月に上場廃止)を実現[13]、資本市場へのデビューを果たした。創業期28年の最終局面で、医療カテーテル事業の海外展開を加速させる資金調達基盤を整備した形である。

  • 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
    • [9]2000年10月 米国に駐在所開設、2004年7月にASAHI INTECC USA INC.へ組織再編
    • [10]2001年12月 タイ子会社にメディカル専用工場を開設
    • [12]2004年6月 オランダに欧州駐在所を開設
    • [13]2004年7月 日本証券業協会への株式店頭登録(2012年4月に上場廃止)
  • 朝日インテック 有価証券報告書【役員の状況】
    • [11]2003年9月 宮田憲次が朝日インテック取締役に就任

連結売上高は2002年(最初の連結開示・FY01)の52億円から2005年6月期(FY04)の79億円へ、約4年で1.5倍に拡大した(連結業績長期推移)。創業者・宮田尚彦氏の経営期は、商社から医療機器メーカー[14]への転身という構造変化を完了した時期にあたる。

  • 朝日インテック 有価証券報告書【役員の状況】
    • [14]創業者・宮田尚彦の経営期は商社から医療機器メーカーへの転身を完了した時期
  • 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
    • [9]2000年10月 米国に駐在所開設、2004年7月にASAHI INTECC USA INC.へ組織再編
    • [10]2001年12月 タイ子会社にメディカル専用工場を開設
    • [12]2004年6月 オランダに欧州駐在所を開設
    • [13]2004年7月 日本証券業協会への株式店頭登録(2012年4月に上場廃止)
  • 朝日インテック 有価証券報告書【役員の状況】
    • [11]2003年9月 宮田憲次が朝日インテック取締役に就任
    • [14]創業者・宮田尚彦の経営期は商社から医療機器メーカーへの転身を完了した時期

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朝日インテックの沿革1976〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1976〜2003年創業期 ─ 極細ステンレスワイヤー販売から医療機器メーカーへの転身宮田尚彦朝日ミニロープ販売を設立
宮田尚彦朝日インテックに商号変更
宮田尚彦ASAHI INTECC THAILAND CO.LTD.を設立
宮田尚彦瀬戸メディカル工場を新設
宮田尚彦極細ステンレスワイヤー販売から医療カテーテル製造業への転換と、国内初のPCIガイドワイヤーの製品化

産業用の極細ステンレスワイヤーロープを扱う商社として1976年に出発した朝日インテックは、1990年代の前半に医療機器の製造へ業態を転じた。1991年に瀬戸メディカル工場を新設してメディカル開発部門を構え、1992年3月に医療用具製造業の許可を取得、国内で初めて心筋梗塞治療用のPTCAガイドワイヤーとガイディングカテーテルを製品化した。創業者・宮田尚彦氏の主導による構造転換である。

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★★★
宮田尚彦国内初のPTCAガイドワイヤーとガイディングカテーテルを製品化★★
宮田尚彦ASAHI INTECC (HK) LTD.を設立
宮田尚彦アテックを設立
宮田尚彦子会社にメディカル専用工場を新設
2004〜2018年拡大期 ─ 東証上場・グローバル医療機器ニッチトップ戦略の確立宮田尚彦日本証券業協会に株式を店頭登録
宮田尚彦ASAHI INTECC HANOI CO.LTD.を設立
宮田尚彦コンパスメッドインテグレーションを設立
宮田尚彦大阪R&Dセンターを開設
宮田昌彦ジーマを子会社化
宮田昌彦トヨフレックス・TOYOFLEX CEBU CORPORATIONを子会社化★★
宮田昌彦日本ケミカルコートを子会社化
宮田昌彦RetroVascular Inc.を子会社化★★
宮田昌彦グローバル本社・R&Dセンターを開設
2019年〜第三世代承継期 ─ 中計1,000億円達成・新中計『Building the Future 2030』始動(2019〜現在)宮田昌彦A-Tractionを子会社化★★
宮田昌彦レイクR&Dを子会社化
宮田昌彦ケニアにELDORET HOSPITAL-ASAHI INTECC HEART CENTREを設立
宮田憲次ニッタモールド・NITTA M&T (THAILAND) CO.LTD.を子会社化
出典・参考
  • 朝日インテックグループ 統合報告書2025
  • 朝日インテック 有価証券報告書【沿革】
  • 朝日インテック 有価証券報告書【役員の状況】

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