この創業が示すのは、コルクという単一の素材に事業を絞っていた再建会社が、外部から迎えた技術者の構想によって事業の土台をつくり替えていった経緯である。大戦終結で消えたコルクの代替需要に代えて、海軍向けの精密機械で培った工作機械の技術と、荷馬車に代わる商用三輪車という新しい市場を組み合わせた転換が、コルク専業の行き詰まりを越える二本柱を用意した。
もう一つ見えてくるのは、社名よりも商品名が先に広く知られていった経路である。創業者・松田重次郎氏の姓を冠した"マツダ号"が全国の小口輸送業者に広まり、東洋工業という社名以上に、商品ブランドのマツダが市場での通名として定着した。発明家を経営者として迎えた再建の選択が、後年に社名そのものを塗り替えるブランドの土台になっていったといえる。