山崎芳樹

マツダ・元取締役社長

Yamasaki Yoshiki(敬称略)

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社長就任 1977年
生年月日 —
学歴 広島高等工業学校機械工学科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1914年に広島で生まれ、1938年3月に広島高等工業学校を卒業して同月に東洋工業へ入社した。1959年12月に自動車製造部長、1965年6月に取締役、1970年1月に自動車製造本部長、1973年6月に常務取締役、1975年12月に専務取締役へ進み、専務では自動車製造本部長と海外プロジェクト担当を兼ねた。入社から社長就任までの39年を生産の現場で通した技術者である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1977年12月に取締役社長へ就任し、取締役会長となった松田耕平氏の後を受けた。創業家以外から出た最初の社長である。就任前の1975年10月期は経常損失173億円・当期損失17億円で、1977年10月期の経常利益も82億円にとどまっていた。1976年1月に住友銀行の村井勉氏が取締役副社長として入り、1977年1月には同行出身の峯岡弘氏が社長室・調査部・経理部を担当する常務取締役、住友信託銀行出身の猪俣瀞氏が資金部を担当する常務取締役に就任した。

在任中の主な施策
施策

1979年11月にフォードモーターカンパニーと資本提携を締結した。1981年12月に防府中関変速機工場、1982年9月に防府西浦乗用車工場を完成させ、1984年5月には商号を東洋工業からマツダへ改めている。売上高は就任期の1977年10月期6283億円から1984年10月期には1兆4318億円へ、経常利益は82億円から555億円へ伸びた。 住友銀行主導の再建

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1977〜1984年
在任中の業績
就任前(FY76)6,283億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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