カルビー 収益体質改革の断行 松本晃氏の主導による、数字で管理する経営への転換

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時期 2016年3月
当時の社長 伊藤秀二
論点 収益構造と経営手法の作り替え
何をなぜ決めたか
概要

2009年に外部から会長兼CEOへ迎えられた松本晃氏が、国内スナック菓子で首位に立ちながら営業利益率が1〜2%台と低かったカルビーを、コスト・リダクションとイノベーションの2つを軸に"儲かる体質"へ作り替えた経営判断である。就任翌年度に6%台であった連結営業利益率は、2016年3月期に11.4%(営業利益281億円)へ達した。

背景

カルビーは"かっぱえびせん""ポテトチップス"など強い商品群を抱えながら、コストへの関心が薄い鷹揚な社風のもとで利益が薄いままであった。松本氏はこの状態を"いい会社だが甘い会社"と診断し、商品力を利益へ結びつける収益思考の欠落を最大の課題とみていた。

内容

松本氏は経営を"数学"から"算数"へ、すなわち複雑な管理ではなく足し算引き算で利益を追う思考へ切り替え、コスト・リダクションとイノベーションを根幹に据えた。あわせて"過程ではなく結果"を問う評価へ改め、将来性の乏しい商品は早めに整理するなど、収益を経営の中心指標に置いた。

含意

8年間で営業利益率は約10%へ移り、外部から招いたプロ経営者による日本の食品企業改革の代表例となった。一方で大黒柱のスナック菓子の海外事業は育たず、米国での苦戦や中国からの撤退という課題を残したまま、2018年に松本氏は退任した。

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筆者の見解
筆者の見解

商品力を利益へ変える、という改革

この改革の中心にあったのは、強い商品を持ちながら、それに見合う利益を出せずにいた会社を、稼げる会社へ組み替えることであった。松本氏は複雑な管理ではなく、費用を下げて価値を生むという単純な原則を掲げ、過程ではなく結果で人と仕事を測る規律を持ち込んだ。営業利益率が1〜2%台から約10%へ移ったことが示すのは、カルビーの商品が弱かったということではなく、その強さを利益に変える仕組みが長く欠けていたことであったとみられる。外部から来た経営者が短い期間でこの隔たりを埋めた点に、この判断の意味がうかがえる。

もっとも、収益体質の改革がそのまま次の成長を約束したわけではない。国内で磨いた利益体質を、単価の安いスナック菓子で海外へどう広げるかという問いに、松本氏の代では答えが出ず、海外事業と生産拠点の再編は後任へ渡された。プロ経営者による収益改善と、時間のかかる海外事業の育成は、必ずしも同じ速さでは進まない。カルビーがその後にたどる海外展開と現地生産の道のりは、松本氏が整えた"儲かる体質"という土台の上で、なお試されていると推察される。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
同じ問いに直面した会社

同じ問いに直面した会社

プロ経営者の招聘2002年三菱自動車ダイムラー主導で進んだ、聖域を設けない再建計画の断行隠蔽体質と系列依存からの脱却による事業再建
2015年ヤマダホールディングス一斉閉店を伴う構造改革業績立て直しと経営体制
2009年ソニーCEOと社長を一人に集約し、エレクトロニクスとゲームを一体で動かす体制への転換経営体制の一本化と事業構造の改革
2003年そごうかつての商売敵との統合による、ミレニアムリテイリング傘下入り破綻後の再建方式(自力再建か旧敵との経営統合か)
1995年ツムラバブル期に拡大した裾野の縮小と、創業家の外からの社長招聘多角化子会社の整理と経営体制
固定費の削減1982年日本国有鉄道国鉄内部の改革派の形成と、臨調経営形態をめぐる組織内の主導権
2019年野村ホールディングス対面営業モデルの転換と、ウェルス・マネジメントへの構造改革手数料自由化・ネット証券台頭下での国内リテールモデルの転換とコスト構造改革
2026年ホンダ北米EVモデルの開発中止と、四輪事業1兆5,778億円の損失計上四輪電動化戦略の見直しと四輪事業の収益再建
2004年富士フイルム本業の消失を前提に据えた構造改革と、事業の組み替え本業消失と事業構造改革
2002年KDDI二方式の併走を解いてCDMAへ寄せ、稼働中のPDC設備1,283億円を一期で落とした資産の入れ替え合併で抱えた二通信方式の解消と設備の集中
参考文献
出典・参考
  • カルビー 有価証券報告書(2016年3月期)
  • カルビー 有価証券報告書(連結)

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