この決断の核心は、共同開発に応じたことではなく、小型テストキルンという中間段階を省いた点にある。相手が持ちかけたのは小型機での共同研究で、そちらを選べば失敗しても工場の生産には影響しない。実用窯での開発は、数次の改造を稼働中の第7号窯に加えることを意味した。段階を飛ばした判断が成果の実現を早めたと社史は書くが、飛ばさなければ失わずに済んだものもあったはずである。その計算は記録に残っていない。
得たものは技術そのものよりも、時期だった。SF式は発表から1年以内に3つの賞を受け、同時期に開発された類似の3件とともにNSP方式という総称に吸収されている。方式が業界の標準になれば、先に出したこと自体は独占の源泉にならない。それでも、公害規制が強まりNOxの低減が要求される時期に、窯を大型化せずに能力を上げる方法を自社の大型機で先に実用化できたことが、1972年時点の秩父セメントにとっての実利だった。