日本ヒュームの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

資本と販売の担い手を入れ替えながら、輸入した新製品を国内に定着させてきた会社である。設立翌年の1926年5月に創業者側の役員が退任し、出資した浅野泰治郎氏が社長に就任して浅野系が経営を率いた。販売では1927年8月に専務の坂本陶一氏が代理店制を敷いたが、1928年7月に後任の専務となった滝山米太郎氏はこれを廃止し、直販と宣伝に改めた。並行して杉本久俊氏が呼び名を「ヒューム管」に改め、同年12月の社名変更もこの宣伝の一環だった。敗戦後は浅野一族の株を社員が取得して独立を選び、1949年5月に東京証券取引所へ上場した。

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