UL規格不正の隠蔽(2021年・東洋紡の決断)

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論点 エンジニアリングプラスチックの品質不正とガバナンス
売上高(億円)営業利益率(%)
10年にわたるエンジニアリングプラスチックの試験不正と、品質保証部門を事業から切り離す体制刷新

10年にわたるエンジニアリングプラスチックの試験不正と、品質保証部門を事業から切り離す体制刷新

概要

米国の第三者安全科学機関ULの認証を受けていたエンジニアリングプラスチック製品の一部の品番について、認証の確認試験時に顧客へ販売している製品と異なる組成のサンプルを提出していたこと、UL認証を取得している製品を登録のない工場で製造していたことが確認された。ULへの報告を経て、2020年10月28日付で1製品、2021年2月3日付で3製品の認証が取り消され、他の3製品の一部品番は会社から取消しを申し入れた結果、3月26日付で取り消された。不適合製品を使用した最終製品に関して事故等の報告は受けていない。

背景

エンジニアリングプラスチックは、エアバッグ用基布とともにモビリティ事業を構成し、自動車向けを軸に海外へ広がっていた。品質保証の機能は各事業部門(ソリューション本部)の下に品質保証統括部・品質保証部として置かれ、事業を推進する組織と同じ指揮系統に属していた。2018年と2020年には火災事故も起きており、中期経営計画の期間中に重大な事故と品質の不適切事案が重なった。

内容

実態把握と原因究明は、執行機関からの独立性を確保した対応委員会を主体に進められ、第三者による調査も実施された。2021年4月1日、各事業部門にあった品質保証統括部および品質保証部を統合した品質保証本部を全社共通組織として設け、品質保証部門の独立性を担保して事業部門に対する牽制機能を強化した。

同じ日に社長執行役員を委員長とするリスクマネジメント委員会を設置し、事業部門・管理部門・監査部門の3つのディフェンスライン体制を構築した。社長は楢原誠慈氏から竹内郁夫氏へ代わり、楢原誠慈氏は代表権のない取締役会長へ就任した。

含意

本件に関連してISO9001認証も一部が失われ、登録認証機関の特別審査を経て、2021年1月28日付で不適合製品を担当する部門に関わる認証範囲が取り消された。同じ範囲に含まれる形でマルチサイト認証を取得していた部門は一時停止となり、6月9日付で解除されている。信用低下による受注の減少や顧客への補償費用は業績に重要な影響を及ぼしうるリスクとして示されたが、本件による損失の計上額は開示されていない。2022年3月17日には、国内外のグループ役員・社員を対象としたアンケートによる類似案件調査の結果が公表され、重大な不適切事案は確認されなかった。

いつ何が起きたか 10件
筆者の見解 検める側を事業の外へ出す
筆者の見解

検める側を事業の外へ出す

この事案で動いたのは、組織図の線である。品質保証統括部と品質保証部は各事業部門の下にあり、事業を推進する側と品質を検める側が同じ指揮系統に属していた。確認試験に販売品と異なる組成のサンプルを出す、登録のない工場で製造する──いずれも事業の都合が品質の判断を上書きした形であり、上書きを止める側が事業の内側にいる限り、検める仕事は事業の損得に従属する。品質保証本部の新設は、この線を事業部門の外側へ引き直す作業だったとみられる。同じ日にリスクマネジメント委員会を設置し、事業・管理・監査の3つのディフェンスラインを敷いたのも、同じ考えの延長にある。

もっとも、線を引き直したことと、現場の判断が変わることは別である。当該事業であるモビリティは、認証取消しが相次いだ2021年3月期に1,572百万円のセグメント損失を計上し、翌期も赤字が続いた。エンジニアリングプラスチックはその後、環境・機能材の一部として開示されるようになり、モビリティという区分自体が消えている。類似案件調査は役員・社員へのアンケートによるもので、重大な不適切事案は確認されなかった。検める側が事業の外に立ち続けられるかは、組織図ではなく、その後の運用に委ねられたのだろう。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

数字で見る 3表
不正の経緯と会社の対応

不正の経緯と会社の対応

科目 概要 備考
不適切行為の内容 確認試験で異なる組成のサンプルを提出 販売品と異なる組成のサンプル提出と、登録を受けていない工場での製造等
対象 エンジニアリングプラスチック7製品 UL認証を受けている製品の一部の品番。最終製品に関する事故等の報告はない
UL認証の取消し 2020年10月28日付で1製品 不適切行為をULへ報告した結果。この日に不適切事案を公表した
UL認証の取消し(追加) 2021年2月3日付で3製品 登録の取消しを受けた
UL認証の取消し(申入れ) 2021年3月26日付で3製品の一部品番 会社からULへ取消しを申し入れた結果
ISO9001認証 2021年1月28日付で一部を取消し 不適合製品を担当する部門の認証範囲。一時停止分は2021年6月9日に解除
調査の体制 執行機関から独立した対応委員会 第三者による調査も実施し、実態把握と原因究明を進めた
品質保証本部 2021年4月1日に設置 各事業部門の品質保証統括部・品質保証部を統合し、独立性と牽制機能を担保
リスクマネジメント委員会 2021年4月1日に設置 社長執行役員が委員長。事業・管理・監査の3つのディフェンスライン体制
社長交代 2021年4月に竹内郁夫氏が就任 楢原誠慈氏は代表権のない取締役会長へ就任した
類似案件調査 2022年3月17日に結果を公表 国内外のグループ役員・社員へアンケートを実施。重大な事案は確認されず
損失の計上額 会社の公表資料に記載なし 受注の減少や補償費用は将来のリスクとしてのみ示されている

出所:東洋紡 有価証券報告書 第163期(2021年3月期)・第164期(2022年3月期)【事業等のリスク】【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】

モビリティ事業の売上高とセグメント損益

東洋紡:モビリティ事業の売上高とセグメント損益

(百万円) 売上高セグメント利益 備考
2020年3月期 43,905△701 報告セグメントを変更した後の方法で組み替えた数値
2021年3月期 36,573△1,572 UL認証の取消しが相次いだ期。需要は当第4四半期に回復した
2022年3月期 44,721△1,753 モビリティとしての開示はこの期まで

出所:東洋紡 有価証券報告書 第163〜164期(セグメント情報等・外部顧客への売上高及びセグメント利益)

連結業績の推移

東洋紡:連結業績の推移

(百万円) 売上高経常利益親会社株主に帰属する当期純利益 備考
2016年3月期 347,76320,39310,150
2017年3月期 329,48720,6509,444
2018年3月期 331,14820,41513,044
2019年3月期 336,69817,788△603
2020年3月期 339,60718,03513,774
2021年3月期 337,40620,7064,202 特別損失158億円はアクリル繊維事業の減損と犬山工場の火災によるもの
2022年3月期 375,72023,09212,865
2023年3月期 399,9216,590△655
2024年3月期 414,2656,9622,455
2025年3月期 422,03210,5912,003
2026年3月期 421,56322,87811,174
売上高(百万円)経常利益率(%)

出所:東洋紡 有価証券報告書 第162期・第163期・第167期・第168期(主要な経営指標等の推移)

参考文献
出典・参考
  • 東洋紡 ニュースリリース(2020年12月29日)「当社PBT樹脂『プラナック®』に関する不適切事案の調査結果等に関するご報告(開示事項の経過)」
  • 東洋紡 ニュースリリース(2021年2月3日)「当社エンジニアリングプラスチック製品についての不適切事案に関するご報告」
  • 東洋紡 ニュースリリース(2021年3月26日)「当社エンジニアリングプラスチック製品についての不適切事案(追加)に関するご報告」
  • 東洋紡 ニュースリリース(2022年3月17日)「品質に関する不適切な事案の類似案件調査に関するご報告」
  • 東洋紡 有価証券報告書「第163期(2021年3月期)【事業等のリスク】」
  • 東洋紡 有価証券報告書「第163期(2021年3月期)【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】」
  • 東洋紡 有価証券報告書「第163期(2021年3月期)【セグメント情報等】【役員の状況】」
  • 東洋紡 有価証券報告書「第164期(2022年3月期)【事業等のリスク】」
  • 東洋紡 有価証券報告書「第162期・第167期・第168期【主要な経営指標等の推移】」

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