2021-2022年 品質不正
UL規格不正・4度の隠蔽電子部品向け樹脂で10年に及んだ認証不正を、東洋紡はなぜ4度も見過ごしたのか——品質保証本部の新設と経営体制の刷新は何を変えたか
更新:
- 概要
- 電子部品向けエンジニアリングプラスチック「プラナック」をめぐる米UL規格の認証不正が2020年に発覚し、対象は最終的に7樹脂217品目に拡大した。担当事業部内には2010年の事業譲受以来4度の是正機会があったが、いずれも報告・是正に至らず隠蔽が続いていた経緯が、東洋紡自身の調査で明らかになった。
- 背景
- 2010年3月、東洋紡は他社からプラナック事業を譲り受けたが、その交渉最終段階で担当事業部はUL確認試験の不正(サンプルの差し替え)を認識しながら上層部に報告しなかった。事業部内で閉じた運営が続き、2013年・2015年に問題を把握する機会があっても、是正は代替品開発という迂遠な方法に矮小化された。
- 内容
- 2020年8月に経営陣へ報告されたことで発覚し、10月28日に公表。第三者調査を経て2021年1月にISO認証取消、2月にバイロペット等3樹脂、3月にバイロアミド等3樹脂でも不正が確認されUL認証は7樹脂217品目すべてが取り消された。4月1日、独立性を担保した品質保証本部が発足し、竹内郁夫氏が社長に就任した。
- 含意
- 2022年3月、国内外9千人規模を対象にした類似案件調査で重大な不適切事案は確認されなかったが、社内ルールの不遵守やコンプライアンス意識の課題は残ると総括された。制度を整えるだけでは動かない組織の心理に、東洋紡はなお向き合い続けている。
品質保証体制という、なお続く問い
この事案が突きつけたのは、規程や監査の網をいくら整えても、それを運用する側が事実から目を背けずに向き合わなければ、不正は温存され続けるという問いであった。2010年の事業譲受、2013年の会議、2015年の是正資料——東洋紡には少なくとも3度、事実に向き合う機会があったにもかかわらず、いずれも代替品開発という技術的な迂回路に置き換えられ、報告というもっとも単純な選択肢が見送られ続けた。担当事業部が人事交流の乏しい閉じた組織であったことは、この先送りを可能にした土壌の一つであったとみることができる。
品質保証本部の新設と経営体制の刷新は、この土壌に外側から手を入れる試みであった。もっとも、2022年の類似案件調査が「重大な事案なし」としつつ社内ルールの不遵守やコンプライアンス意識の課題を認めたことは、10年越しの隠蔽を生んだ組織の体質が、一度の体制変更で完全に入れ替わるものではないことをうかがわせる。繊維から機能素材メーカーへの転身という前向きな物語の陰で積み上がっていたこの事案は、竹内郁夫社長のもとで発足した品質保証本部が、独立性をどこまで維持し続けられるかという、今も続く問いを東洋紡に残しているといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
他社から譲り受けた事業に潜んでいた不正の芽(2010年)
東洋紡は2010年3月31日、電子部品向けのポリブチレンテレフタレート(PBT)樹脂「プラナック」の事業を他社から譲り受けた。この譲受交渉の最終段階で、担当することになる事業部の責任者と担当者は、譲渡元の会社が米国の第三者安全科学機関アンダーライターズ・ラボラトリーズ(UL)の確認試験に、実際に顧客へ販売している製品と異なる組成のサンプルを提出して試験を通過させていた事実を把握していた。しかし、この事実は上層部へ報告されないまま、事業譲受は実行された[1]。
プラナックをはじめとする東洋紡のエンジニアリングプラスチックは、車体の軽量化を狙って金属部品を樹脂に置き換える自動車業界の設計思想を背景に、自動車部品向けの需要が大半を占めていた。UL規格の適合は一部の納入先で取引条件そのものになっており、認証を失えば顧客との関係が揺らぎかねない性格の製品であった。譲受時に見過ごされた不正は、こうした裾野の広い事業のなかに埋め込まれたまま、次の10年へと持ち越された[2]。
「事業部内で完結させる」対応の反復(2013〜2020年)
事業譲受の後も、問題は正式に共有されないまま推移した。2013年11月、担当事業部内の会議で本件行為が報告され、出席者の間で問題は共有されたものの、行為そのものは是正されずに続いた。遅くとも2015年10月には、担当者が現状把握と是正を目的とした資料を作成し、難燃グレードの拡販を停止する方針が示された。だが、すでに顧客が使用している製品であるため撤退には代替品が必要だという判断が優先され、根本的な是正は先送りされた[3][4]。
代替品の開発は結局完了せず、顧客の切り替えも実現しなかった。東洋紡が後に公表した原因分析によれば、他社工場への生産委託や確認試験用サンプルの作製は、事業部から独立した品質保証部門による監査の対象外に置かれていた。人事交流の少なさから閉ざされた組織が形づくられていたことも、外部の目が届かない土壌をつくっていたと指摘されている[5]。
決断
発覚と第三者調査の始動(2020年8〜12月)
2020年初頭、担当事業部では技術面から代替品の開発を断念せざるを得ないことがほぼ明らかになった。事業部責任者はここで初めて事業本部長へ本件行為を打ち明け、同年8月、本部長から経営幹部への報告に至った。東洋紡は10月28日、プラナックの品質に関する不適切な事案を公表し、顧問契約や委任関係のない弁護士法人色川法律事務所の弁護士と、社外取締役・監査役から構成される対応委員会を立ち上げて調査に着手した[6]。
発覚から1カ月あまり後の11月26日、東洋紡は楢原誠慈社長と渡辺賢副社長を含む役員10人が、12月分から3カ月間、報酬の30〜50%を返上すると発表した。同時期に犬山工場の火災で従業員2人が死亡していたこともあり、品質と安全の両面で経営責任が問われた形になる。12月29日には調査結果を公表し、事業譲受時のチェック体制や監査の不備、コンプライアンス意識の低さ、内部通報制度の機能不全、閉ざされた事業部の風土という5点を原因として挙げた[7]。
認証取消の拡大と品質保証本部の新設(2021年1〜4月)
年が明けても、事態は収束しなかった。2021年1月28日、東洋紡はエンプラ事業総括部と岩国ポリマー工場エンプラ部のISO認証が取り消されたと公表する。2月3日には、プラナック以外の樹脂「バイロペット」「グラマイド」「ペルプレン」でも、UL確認試験への異なる組成サンプルの提出、未登録の組成での製造販売、要求性能を満たさない製品の販売、無許可工場での製造という4類型の不正を確認したと発表し、この3樹脂のUL認証はすべて取り消された[8][9]。
3月26日には、さらに「バイロアミド」「PPS樹脂」「グリラックス」でも無許可工場での製造や組成の相違が確認され、認証取消の対象は7樹脂217品目に拡大した。東洋紡はこの発表とあわせて、4月1日付で各事業部門にあった品質保証機能を独立させた品質保証本部を発足させると明らかにした。同じ4月1日、対応の陣頭指揮を執ってきた楢原誠慈氏は代表権のない会長に退き、竹内郁夫氏が社長に就任する——事案発覚から半年余りを経て、経営体制の刷新と重なる時期であった[10][11]。
結果
類似案件調査という区切り(2021〜2022年)
新設された品質保証本部は、2021年2月から3月にかけて多言語による無記名式アンケートを実施し、同年7月から2022年1月にかけては、国内外のグループ役員・社員9,452人を対象に記名式アンケートを行った。回答者は8,866人、回収率は93.8%に達した。優先度に応じて面談や電話、証憑の確認といった詳細調査も進め、プラナック以外に類似の不正がないかを洗い出す作業が1年以上にわたって続いた[12]。
2022年3月17日、東洋紡は調査結果を公表した。詳細調査の結果として、品質に関する重大な不適切事案は確認されなかったとする一方で、顧客との取り決めに対する不適合や社内ルールの不遵守・未整備、コンプライアンス意識に関する懸念など、なお改善に取り組むべき課題が認識されたとした。発覚から1年半を経て、事案そのものには一つの区切りがついたが、根本的な組織風土の課題までは解消し切れていないことが、会社自身の言葉で示された[13]。
- 東洋紡 ニュースリリース(2020年12月29日)「当社PBT樹脂『プラナック®』に関する不適切事案の調査結果等に関するご報告(開示事項の経過)」
- 東洋紡 ニュースリリース(2021年2月3日)「当社エンジニアリングプラスチック製品についての不適切事案に関するご報告」
- 東洋紡 ニュースリリース(2021年3月26日)「当社エンジニアリングプラスチック製品についての不適切事案(追加)に関するご報告」
- 東洋紡 ニュースリリース(2022年3月17日)「品質に関する不適切な事案の類似案件調査に関するご報告」
- 日本経済新聞(2020年10月28日)「東洋紡の電子部品向け樹脂、不正に安全認証取得」
- 日本経済新聞(2020年11月26日)「東洋紡、役員報酬を一部返上 工場火災や品質問題で」
- 日本経済新聞(2021年1月12日)「東洋紡社長に竹内氏」
- 日本経済新聞(2021年4月16日)「東洋紡、4度の隠蔽 報告できなかった品質不正」
- 日経クロステック(2021年4月8日)「4度の報告機会を逸して隠し続けた東洋紡、根深いUL不正問題」
- 東洋紡 有価証券報告書(2021年3月期)