日本瓦斯都市ガス子会社4社を株式交換で完全子会社化しグループの意思決定を一本化
全面自由化の前に、親子上場のまま関東に散らばった都市ガス会社をどう束ねるか
- 概要
- 2013年12月20日、日本瓦斯が都市ガス子会社4社を株式交換により完全子会社化すると発表した経営判断。対象は東証第二部に上場する東日本ガスと新日本瓦斯、非上場の東彩ガスと北日本ガスで、上場2社は2014年3月4日に上場廃止となり、株式交換は3月7日に効力を生じた。
- 背景
- 1966年の新日本瓦斯設立以来、日本瓦斯は関東各都市の中堅都市ガス事業者を傘下に収めてきた。子会社の一部は1998年以降に自ら株式を公開し、親会社と子会社が別々に上場する構造が2000年代を通じて続いた。
- 内容
- 交換比率は東日本ガス株1株に日本瓦斯株0.34株、新日本瓦斯株1株に同0.4株。日本瓦斯は保有する自己株式を対価に充てたため新株は発行しなかった。将来のガス料金の全面自由化をにらみ、意思決定の速さと原料の一括調達によるコスト競争力の向上をねらいとした。
- 含意
- この完全子会社化の後、2017年4月の都市ガス小売全面自由化への参入、2017年8月の東京電力エナジーパートナーとの合弁、2024年1月の3社の小売事業の本体承継が続いた。半世紀近くかけて集めた会社を、区域を単位としない1社へ畳み直す作業の初手にあたる。
集めた会社を畳むための第一歩
2014年の株式交換それ自体は、少数株主から持分を買い取る地味な手続きにすぎない。ただ、この取引がなければ、その後の10年に起きたことの多くは進まなかったとみられる。都市ガス小売への参入も、東京電力との合弁も、小売機能の本体集約も、4社それぞれの取締役会と少数株主の同意を要する構造のままでは、決めるたびに時間がかかる。自由化の日程が先に決まっている以上、決め方の側を先に直す順番であった。
見方を変えれば、1966年から半世紀近くかけて集めた会社を、自ら解体する作業の第一歩でもあった。区域ごとに会社を置き、それぞれに社長と決算と株価を持たせる作りは、区域が守られていた時代の合理であった。2024年に3社の小売事業が本体へ移り、供給区域の名を冠した会社の看板は関東の地図から消えている。株式交換で買い戻した持分は、その会社たちを畳むために要した費用でもあった。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
1966年以来の子会社群と、親子上場という構造
日本瓦斯は1966年6月の新日本瓦斯設立を皮切りに、関東各地の中堅都市ガス事業者を傘下に収めた。我孫子ガス、小山都市瓦斯、取手ガス、久喜都市ガス、鹿沼ガスと続いた設立・資本参加は、1999年10月に我孫子ガスが取手ガスを吸収して東日本ガスへ、2001年10月に小山都市瓦斯が鹿沼ガスを吸収して北日本ガスへと再編された。2002年12月には東武ガスへ経営参加している[1]。
子会社の一部は、自ら資本市場に立った。1998年3月に新日本瓦斯が日本証券業協会へ株式を店頭登録し、2001年12月に東証第二部へ上場、2004年2月には東日本ガスが東証第二部へ上場した。1998年6月の講演で新日本瓦斯の福江忠夫社長は、北本・桶川・鴻巣の一部で3万1,000戸へ都市ガスを供給し、ガス売上高上位20社のなかで4番目に安い料金であると説明している。親会社と子会社が別々に株式を公開する構造が、2000年代を通じて続いた[2][3]。
全面自由化の前にある二重の意思決定
親子上場は、子会社に少数株主がいる状態を指す。原料の調達、料金、設備投資といった判断は親会社の都合だけでは決められず、上場子会社それぞれの取締役会と株主の利害を通す必要があった。関東という一つの商圏で、都市ガス4社と親会社が別々に判断する構造は、区域が守られている間は摩擦が小さい。区域の外から競合が入る前提に変われば、同じ構造が速さの足を引く[4]。
制度の側は先に動いていた。1997年4月にLPガス小売が登録制へ移り、都市ガスも大口から段階的に自由化の範囲が広がって、家庭向けを含む全面自由化は2017年4月に施行される。日本瓦斯の連結売上高は2013年3月期に1,171億円、営業利益79億円で、2011年のOEPからの約103億円の調達を経て、自由化に備える資金も手にしていた。あとは、決め方の側を直す番であった[5][6]。
決断
2013年12月20日の発表
2013年12月20日、日本瓦斯は都市ガス子会社4社を株式交換により完全子会社化すると発表した。対象は東証第二部に上場する東日本ガスと新日本瓦斯、非上場の東彩ガス(埼玉県春日部市)と北日本ガス(栃木県小山市)の4社である。交換比率は東日本ガス株1株に日本瓦斯株0.34株、新日本瓦斯株1株に同0.4株。上場2社は2014年3月4日に上場廃止となり、株式交換は3月7日に効力を生じた[7][8]。
ねらいは意思決定の速さと調達の一本化に置かれた。発表では、将来のガス料金の全面自由化をにらみ、完全子会社化で経営の意思決定のスピードを速め、原料の一括調達なども進めてコスト競争力を高める考えが示された。上場子会社を抱えたままでは、親会社が値下げを決めても子会社の少数株主の利益と衝突する。区域ごとに分かれていた4社を100%子会社にすることで、料金・調達・保安の判断を一つの帳簿の上で下せる[9]。
自己株式を対価に充てるという選び方
交換の対価に自己株式を充てた点は、この再編の性格を示している。新株を発行すれば既存株主の持分は薄まるが、手元の自己株式を使えば発行済株式総数は増えない。2011年10月にOEPへの第三者割当増資と自己株式の処分で約103億円を集めた日本瓦斯は、その2年半後、同じ自己株式を今度は子会社の少数株主から持分を集める対価として使った[10][11]。
少数株主は現金ではなく日本瓦斯株を受け取った。都市ガス1社の株主から、関東でLPガスと都市ガスを併売する親会社の株主へ移る取引であった。4社のうち東彩ガスと北日本ガスは非上場で、そもそも市場価格を持たない。上場の有無で株主の顔ぶれは違っても、グループの外側に残っていた持分をすべて内側へ収めた点は4社に共通していた[12]。
結果
束ねた意思決定が使われるまで
完全子会社化から2年後の2016年3月期、連結売上高は1,147億円、営業利益は118億円で、営業利益率は10%を超えた。2017年4月に都市ガスの小売が全面自由化されると、日本瓦斯は東京ガスの供給区域へ入り、同年8月には東京電力エナジーパートナーと折半出資で東京エナジーアライアンスを設立して、都市ガスの調達や販売に必要な機能を他社にも提供する会社を作った。和田眞治社長は2018年3月の取材で、この会社を事業運営基盤の新会社と説明し、新電力や異業種の参加を求めた[13][14]。
4社を1社の傘下へ収めた構造は、その後さらに畳まれた。2019年4月に新日本瓦斯のLPガス事業と新都市ガス事業を本体が吸収分割で承継し、2020年10月には東彩ガスが新日本瓦斯を吸収合併した。2024年1月には東彩ガス・東日本ガス・北日本ガスのエネルギー小売事業を本体が承継し、グループの都市ガス小売は「新生ニチガス」として1社にまとまった。2024年3月期の連結売上高は1,944億円、営業利益は174億円であった[15][16]。
- 日本経済新聞(2013年12月21日)「日本瓦斯、都市ガス子会社4社を完全子会社に」
- 週刊東洋経済 2018年3月31日号「電力激変 電力・ガス自由化時代の戦い方」
- 証券アナリストジャーナル 1998年6月2日(福江忠夫・新日本瓦斯社長 講演要旨)
- 日本瓦斯 有価証券報告書【沿革】
- 日本瓦斯 有価証券報告書(2013年3月期/2014年3月期/2016年3月期/2024年3月期・各連結)
- ニチガス(日本瓦斯)公式サイト「沿革」