積水ハウス 積和不動産設立 石油危機下の需要創造——自社ローンと売り建て方式による受注確保
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何をなぜ決めたか
- 概要
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1970年代、第1次石油危機でプレハブ住宅の需要が急減するなか、積水ハウスが業界初の自社ローン、保有土地を活かした"売り建て"方式、中古住宅仲介の積和不動産、商品の"家のデパート化"を次々に打ち、外的要因で需要が細っても受注を自ら掘り起こす需要創造の経営を進めた経営判断。
- 背景
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1973年11月の石油危機以降、プレハブ住宅の建設戸数は1973年のピーク20万戸台から1975年には15万戸へ急減した。高度成長末期に参入したカネボウや大林ハウジングなど後発組が撤退・戦線縮小に追い込まれた。
- 内容
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銀行との提携ローンに加え業界初の自社ローンを創設し、値上げ幅を同業平均30%の半分の15%に抑えた。造成地を一括で買い取り住宅とセットで売る"売り建て"方式、買い換え需要をつかむ積和不動産の育成、木質・コンクリート系まで広げた"家のデパート化"を重ねた。
いつ何が起きたか 5件
筆者の見解
需要は所与か、創り出すものか
この経営判断の核心は、外的な需要の増減を所与のものとして受け入れず、金融・土地・仲介・品ぞろえという複数の面から需要を自ら掘り起こした点にある。石油危機で住宅需要が細り、後発の大資本が撤退するなかで、積水ハウスは自社ローンで資金の壁を下げ、"売り建て"で土地の壁を越え、積和不動産で買い換えの壁を取り払い、"家のデパート化"で好みの多様化に応えた。いずれも、注文を待つのでなく、受注そのものを掘り起こす発想で貫かれていた。
値上げを他社の半分に抑えると読み切った採算判断や、土地取得の金利で赤字が出ても本業で回収するという読みは、いずれも田鍋健社長の相場観に支えられていた。積極経営は自己資本比率や金利負担を一時的に悪化させ、リスクと隣り合わせでもあった。それでも、需要は待つのでなく創るものだという構えが、石油危機という逆風のなかで15年連続増収増益と、大手ゼネコンに迫る利益水準を実現した。低成長を理由に伸びないと決めつける前に打てる手はある——積水ハウスのこの時期の経営は、業種を越えてその問いを投げかけている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
業績の推移
同じ問いに直面した会社
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参考文献
- 日経ビジネス 1979年3月19日号
- 日本会社史総覧(1995)