光通信 訪問販売モデルの確立 通信自由化を機とした創業と、後の主力となる販売手法の設計
更新:
何をなぜ決めたか
- 概要
-
1988年2月、重田康光氏が資本金100万円で光通信を設立した経営判断。設立の目的はOA機器・電話機等の販売及びリースで、半年後の7月には市外電話サービスの回線販売事業を始めている。NTT民営化に始まる通信自由化が生んだ回線取次という商機に、猛烈な訪問営業と徹底した実力主義人事を組み合わせた営業モデルを、創業時から設計思想として組み込んだ。
- 背景
-
重田康光氏が規制緩和を商機と見たのは、電話機販売の自由化から間もない時期、その販売会社でアルバイトをしていたときである。弁護士一家に育った同氏は、高校生のころにはもう起業を志しており、大学は数カ月で中退していた。当時、第二電電をはじめとする新電電各社は販売網の整備を代理店に委ねる構造をとっていた。そのため販売代理という事業に隙間が生まれていた。
- 内容
-
商材は次々に広がった。1988年7月に市外電話サービスの回線販売、1990年4月に複写機・ファクシミリ、1991年11月にコンピュータ及び周辺機器、1993年6月に携帯電話サービスの回線販売。取引先には第二電電・国際デジタル通信・日本移動通信が並び、加入契約の取次で受け取る受付コミッションと変動コミッションが収益源になった。
営業の土台に置いたのはデータベースである。NTTのタウンページに載る530万社を丸ごと登録し、受注済みの相手は画面から消える仕組みにした。 『最も成果の上がる組織、仕組みとは何か』 を創業時から考え、学歴不問・毎月異動の実力主義人事と組み合わせて営業組織を設計した。
- 含意
-
売上高は1995年8月期261億円から1996年8月期562億円へ倍増し、1996年2月27日に株式を店頭公開。31歳の重田康光社長は公開時の社長最年少記録を更新した。従業員650人に1,300台のパソコンを配した組織は平均年齢25.9歳で、階層は一般社員・管理職・役員・社長の4つしかなかった。1999年9月には東証一部へ上場する。商材ではなく営業の仕組みを競争力に変えるこのモデルは、のちの携帯電話専門店にも複写機再建にも受け継がれた。
いつ何が起きたか 8件
筆者の見解
何を扱うかではなく、どう販売するか
光通信の創業の核心は、扱う商材ではなく、売る仕組みを競争力に据えた点にある。設立の目的に掲げたのはOA機器と電話機の販売及びリースだったが、市外電話、複写機、コンピュータ、携帯電話と、商材は次々に入れ替わっていった。変わらなかったのは、中小企業や個人へ足で届く訪問営業と、その効率を上げるデータベース、そして成果だけを見て人を動かす実力主義の人事である。重田康光氏が創業時から『最も成果の上がる組織、仕組み』を問い続けたことは、この会社が商品を売る会社ではなく、売る力を設計する会社として始まったことを示している。営業チャネルを資産とみなす発想は、この起業の時点ですでに芯にあった。
この設計思想は、以後の光通信の転換点に繰り返し現れる。中小企業の分散市場をタウンページで攻める手法は、2003年の複写機による再建でそのまま生き、多品目に商材を載せ替える2010年代の多角化にも受け継がれた。一方で、成果を厳しく問う営業とノルマは、2000年のHITSHOPの架空契約という影も生んだ。同じ仕組みが成長の駆動力にも危機の温床にもなる両面性は、創業の設計に初めから内在していた。どう売るかを突き詰めて起業した会社が、その突き詰め方ゆえに大きくもなり、つまずきもする——光通信の歴史は、創業の一手の中にその後のすべてが畳み込まれていたことを示している。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
業績の推移
創業の条件
創業の条件
| 科目 | 概要 | 備考 |
|---|---|---|
| 設立 | 1988年2月 | 昭和63年2月。株式公開まで8年、東証一部上場まで11年半を要した |
| 設立時の商号 | 株式会社光通信 | 1995年9月に株式の額面金額変更のため、形式上の存続会社である同名の株式会社光通信と合併 |
| 設立時の資本金 | 1百万円 | |
| 設立の目的 | OA機器、電話機等の販売及びリース | |
| 回線販売事業の開始 | 1988年7月 | 市外電話サービスの回線販売。第二電電が提供する市外電話割引サービスの加入契約の取次 |
| 複写機・ファクシミリの販売開始 | 1990年4月 | |
| 決算期 | 8月31日 | 2002年3月29日開催の臨時株主総会決議で3月31日へ変更。第15期は7ヶ月決算 |
| 株式公開 | 1996年2月27日 | 日本証券業協会への登録は同年2月。31歳の重田康光社長は公開時の社長最年少記録を更新 |
| 東京証券取引所市場第一部への上場 | 1999年9月 |
出所:光通信 有価証券報告書 第19期(2006年3月期)【沿革】
同じ問いに直面した会社
参考文献
- 日経ビジネス 1995年7月3日号(日経BP社)
- 日経ビジネス 1996年5月27日号(日経BP社)
- 日経ビジネス 1997年4月28日号(日経BP社)
- 証券アナリストジャーナル 1996年3月号 別冊付録(日本証券アナリスト協会)
- 光通信 投資月報(1996年7月)
- 光通信 有価証券報告書「第19期(2006年3月期)【沿革】【主要な経営指標等の推移】【役員の状況】」