エフィッシモの保有目的転換を受けた大型自社株買いと資本効率重視への旋回

純投資から重要提案行為へ——約2割を握る物言う株主に、リコーはどう資本を返したか

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時期 2021年3月
意思決定者 山下良則 リコー 社長執行役員・CEO
論点 資本効率と株主還元
概要
2019年8月、エフィッシモ・キャピタル・マネージメントがリコー株の保有目的を「純投資」から「経営陣への助言、重要提案行為等」へ改めて以降、資本効率と株主還元をめぐる圧力が強まった。リコーは2021年3月、発行済株式の約2割にあたる1,000億円を上限とする自社株買いを決め、その後も自社株の取得と消却を重ねた。物言う株主の接近と、会社の資本政策の転換が並走した経営判断である。
背景
北米で買収した販売会社IKONにからむ巨額の減損などで株価が長く低迷し、自己資本利益率も市場が求める水準を下回っていた。旧村上ファンド出身者が設立したエフィッシモは、川崎汽船やヤマダ電機で経営陣と対峙してきた投資ファンドで、リコー株を継続的に買い増していた。
内容
2019年8月、エフィッシモは大量保有報告書の変更で保有目的を重要提案行為等へ改め、保有比率を18.99%まで高めた。リコーは2021年3月、総還元性向50%を掲げ、発行済株式(自己株除く)の約20%・最大1.45億株・1,000億円を上限とする自社株買いを発表した。ROIC経営のもと、最適資本構成を意識した資本配分へ転じた。
含意
自己資本の膨張を抑えて資本効率を高める狙いで、物言う株主の要求と会社の資本政策は接近していった。エフィッシモはその後も買い増しを続け、リコーも自社株買いを重ねた。両者の対話は本稿の時点でなお続いている。
筆者の見解

資本効率をめぐる緊張の残り方

この一連の動きの核にあるのは、事業の稼ぐ力が回復しきらないまま、抱え込んだ自己資本の重さを問われ続けた点にある。株価の低迷と低い資本効率を突く物言う株主に対し、リコーは大型の自社株買いと総還元性向の引き上げで応じ、資本の使い方を市場の目線へ近づけていった。要求する側とされる側の主張が接近していった点に、近年のアクティビストとの向き合い方の一つの型がうかがえる。もっとも、2021年3月期が営業損失に沈むなかで約2割の自社株買いに踏み切った事実は、事業の立て直しと資本還元をどう両立させるかという問いを、いまも残している。

自社株買いが分母を縮め、かえってエフィッシモの保有比率を押し上げていった経緯は、資本還元だけでは物言う株主との関係が収束するとは限らないことを示している。約2割の株式を握る株主が経営に発言力を持ち続ける状況で、資本政策の主導権を会社がどこまで保てるかは見通しにくい。デジタルサービスへの転換という本業の課題と、株主との対話という資本市場の課題が、なお同じ天秤の上に置かれている。両者の綱引きは、本稿の時点で決着をみていないとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

株価低迷と低い資本効率

リコーは複合機・プリンターを主力とする事務機大手であったが、2010年代を通じて事業をデジタルサービスへ移す途上にあり、収益は伸び悩んでいた。とりわけ北米で買収した販売会社IKONにからむのれんの重さが利益を圧迫し、2018年3月期には1,759億円の減損を一括計上した。市場での評価は長く低い水準にとどまり、事業の立て直しと並んで、株主資本の使い方そのものが問われる段階に入っていた[1]

潤沢な自己資本を抱えながら十分な利益を生めていない構図は、資本効率の改善を促す投資家にとって恰好の標的となった。自己資本利益率は市場が求める水準を下回り、株価純資産倍率も低いままであった。事業の再建に時間を要するあいだも、抱え込んだ余剰資本を株主へ戻す余地があるとの見方が、市場では次第に強まっていった[2]

物言う株主エフィッシモの接近

リコー株を買い増していたのは、旧村上ファンド出身者が設立したエフィッシモ・キャピタル・マネージメントであった。同社はシンガポールを拠点とする投資ファンドで、川崎汽船やヤマダ電機の経営陣と厳しく対峙してきた物言う株主として知られていた。リコーに対しても保有比率を段階的に引き上げ、実質的に最大級の株主へと存在感を高めていた[3]

エフィッシモの保有は、有価証券報告書の株主名簿では信託銀行の名義口座やECMマスターファンドといった名義に分かれて計上され、一見すると分散して見えた。しかし大量保有報告書の集計でみれば、同社は発行済株式の2割近くを握る実質的な最大株主に位置していた。名義の背後で積み上がった保有が、経営への発言力の裏づけとなっていた[4]

決断

保有目的の転換という号砲

2019年8月、エフィッシモはリコー株の大量保有報告書を変更し、保有目的を「純投資」から「投資及び状況に応じて経営陣への助言、重要提案行為等を行う」へ改めた。同時に保有比率を18.16%から18.99%へ引き上げた。純投資という受け身の位置から、経営に踏み込んで提案する立場への転換であり、資本効率と株主還元をめぐる要求が近づいていることを対外的に示す動きであった[5]

保有目的の転換は、市場に対しては資本政策の見直しを迫る圧力として受け止められた。構造改革で業績が持ち直しても株価が動かない現状への不満が、この変更の背景にあるとみられていた。リコーにとっては、事業の立て直しと並行して、株主資本の水準そのものへの回答を用意せざるをえない状況となった[6]

大型自社株買いと資本効率への旋回

2021年3月4日、リコーは1,000億円を上限とする自社株買いを発表した。取得の上限は発行済株式(自己株を除く)の約20%・最大1億4,500万株にのぼり、取得期間は2021年3月4日から翌年3月3日までと定めた。自己資本の増加を抑えて資本効率を高めるねらいで、投下資本利益率を重んじるROIC経営の一環として打ち出された。発表の日、リコー株はストップ高の気配となり、総還元性向50%という方針とあわせて市場は好感した[7][8]

大型の自社株買いは、単発の株主還元にとどまらず、抱え込んだ自己資本の水準を意識した資本配分への転換を意味していた。リコーはのちの決算説明会で、為替調整勘定を除いた最適資本構成を9,000億円と置き、成長投資の進捗や収益動向をにらんで機動的に自己株式の取得を進める方針を説明した。余剰資本を株主へ戻す枠組みを、恒常的な資本政策として組み込んでいった[9]

結果

買い増しと自社株買いの応酬

自社株買いを重ねてもなお、エフィッシモは保有をゆるめなかった。2024年に入ると同社は買い増しを加速し、10月には保有比率を19.50%へ、2025年4月にはさらに21.71%へと引き上げた。株数を減らす自社株買いは分母を縮めるため、比率の上昇に拍車をかける面もあった。物言う株主の存在感は、対話を続けるほどにむしろ増していった[10]

リコーの側も資本還元の手を止めなかった。2024年は2月に約300億円の自社株買いを実施して取得株を消却し、12月にも再び最大300億円・発行済株式の約2.94%にあたる1,725万株を上限とする自社株買いを立会外取引で買い付けた。2023年に山下良則社長から社長を継いだ大山晃社長のもとでも、機動的な自己株式取得という方針は引き継がれていった[11]

出典・参考