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相次ぐ価格改定と「バリュープライシング」への転換

2023年実施

原材料高の逆風下で、藤江太郎社長は「値上げ」をどう収益力へ変えたか

時期 2023年4月
意思決定者 藤江太郎(社長)
論点 価格転嫁と収益力
概要
2022年から2023年にかけて、味の素は原材料・エネルギー・物流費の高騰を受け、家庭用調味料や加工食品を中心に出荷価格を相次いで改定した。2022年4月に就任した藤江太郎社長は、これを単なるコスト転嫁ではなく商品価値に見合わせる「バリュープライシング」と位置づけ、国内外で価格改定を進めた。改定効果の浸透により、2023年3月期は売上高・純利益がともに過去最高を更新した。
背景
穀物・油脂・エネルギー・物流費が世界的に高騰し、企業努力だけではコスト上昇を吸収し切れない局面に入っていた。一方の日本では、物価も賃金も上がりにくい状態が長く続き、値上げに慎重な空気が根強かった。
内容
2023年1月に家庭用「味の素」「ハイミー」等を約2〜16%、4月に家庭用マヨネーズを約5〜9%、6月に家庭用スープ約70品種を約5〜20%と、品目ごとに段階的に出荷価格を引き上げた。藤江社長は「値上げは波乗り」と表現し、原料高が意識されるうちに先行して改定するタイミングを重視した。海外事業でも価格改定を進めた。
含意
価格改定の浸透に、半導体用電子材料や医薬用アミノ酸の伸長も重なり、2023年3月期の純利益は前期比24%増の940億円と最高益を更新、翌期は事業利益が過去最高となった。ただし値上げは数量減や生活者の負担増と背中合わせであり、価値を伴わない転嫁は続かない。価格を「上げられる商品力」をどう保つかという課題を残した。
筆者の見解

値上げを「続けられる商品力」が問われる

この経営判断の要点は、原材料高への対応を守りの値上げに終わらせず、価格をブランドの価値に見合わせる攻めの戦略として組み立てた点にある。藤江社長がブラジルなどの海外市場で価格改定を日常的な経営判断として経験していたことは、値上げに慎重な日本の食品業界のなかで、先手を打つ意思決定を後押ししたとみられる。原料高という誰にとっても逆風の局面を、商品価値を問い直し収益力を底上げする機会へと読み替えたところに、この決断の性格がうかがえる。

もっとも、値上げは数量の減少や生活者の負担増と常に背中合わせであり、価格転嫁がそのまま増益に直結すると考えるのは早計である。実際、家庭用の一部では買い控えの兆しも指摘された。価格を上げても選ばれ続けるだけの商品力とブランドをどう保つか——味の素が示した「バリュープライシング」の真価は、原料高が一巡した後にこそ問われることになるだろう。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

原材料高と「値上げできない国」

2021年から2022年にかけて、穀物や油脂、エネルギー、物流の価格が世界的に高騰した。円安も重なり、食品各社はコスト上昇を自助努力だけで吸収することが難しくなっていた。味の素も、家庭用調味料や加工食品の主原料に加え、包材費やエネルギー費、物流費が同時に上がる局面に直面していた。生産の合理化や効率化を進めても、企業努力の範囲でコストを吸収し切ることは困難になりつつあった[1]

背景には、日本経済が長く物価も賃金も上がりにくい状態に置かれてきた事情もあった。2022年4月に社長へ就いた藤江太郎社長は、のちにこの局面を振り返り、適切な物価上昇と賃金上昇がない期間があまりにも長すぎた[2]と指摘している。原材料高という逆風は、値上げをためらわせてきたその空気を変える契機にもなり得た。

海外で値上げを経験した新社長

この局面で舵を取ったのが、2022年4月1日付で西井孝明社長の後を継いだ藤江太郎社長である[3]。藤江社長は1985年に入社し、フィリピン味の素社長やブラジル味の素社長として10年以上を海外で過ごした。とりわけ物価変動の激しいブラジルでの経験は、価格改定を経営の通常業務としてとらえる感覚を育てたとされる。就任時の味の素は、うま味調味料で国内首位を占めつつ、半導体用電子材料や医薬用アミノ酸など幅広い事業を抱える多角化企業へと姿を変えていた。

決断

家庭用製品の相次ぐ価格改定

味の素は2022年秋以降、家庭用製品の出荷価格を品目ごとに段階的に引き上げていった。まず2022年10月に、家庭用「味の素」「うま味だし・ハイミー」や「アミノバイタル」の一部について、2023年1月1日納品分からの約2〜16%の改定を発表した[4]。主原料の高騰に加え、原燃料価格の高騰が続き、包材費や物流費も上昇していることを理由に挙げた。

改定はその後も続いた。2023年2月には、鶏卵や油脂の高騰を背景に、家庭用マヨネーズおよびマヨネーズタイプ製品を4月1日納品分から約5〜9%引き上げると発表した[5]。さらに3月には、とうもろこしなど主原料の急騰を理由に、「クノール カップスープ」など家庭用スープ約70品種を6月1日納品分から約5〜20%改定すると公表した[6]。原料高を追いかけるように、味の素は主力の家庭用ブランド全体へ価格改定を広げていった。

「値上げは波乗り」というバリュープライシング

藤江社長は、一連の価格改定を単なるコスト転嫁とは呼ばなかった。商品の価値に見合った価格を実現する「バリュープライシング」と位置づけ、値上げのタイミングを重視した。みずからは、値上げは波乗りのようなもので、波の先端に乗らないとうまく上げられないと語り、原料高が世の中で意識されているうちに先行して改定に動くことが肝要だとした。ブラジル時代に、ある製品を平均9%値上げして「波の最初に乗れた」ことを成功体験として挙げている[7]

結果

過去最高益への寄与

価格改定の効果は、業績に明確に表れた。2023年5月に発表した2023年3月期の連結決算は、売上高が前期比18%増の1兆3,591億円、親会社株主に帰属する当期純利益が前期比24%増の940億円と、最高益を更新した。半導体用電子材料の好調や医薬・食品用アミノ酸の拡大に加え、調味料・食品で国内外に実施した値上げが浸透したことが押し上げ要因となった[8]。味の素は好業績を背景に、500億円を上限とする自社株買いもあわせて公表した。

増益の流れは翌期も続いた。2024年3月期は、事業利益が前期比9%増の1,477億円と過去最高を更新し、売上高も1兆4,392億円へ伸びた[9]。国内では値上げによる数量の減少が一部で見られたものの、価格改定によるコスト転嫁が定着し、味の素は数量の拡大だけに頼らずに利益を積み増す収益構造へ近づいた。会社は経営管理上の中核指標に事業利益を据え、利益の質を重視する姿勢を鮮明にしていた。

出典・参考