味の素 中期ASV経営への転換 従来型の中期経営計画の廃止と、経営の枠組みそのものの入れ替え

更新:

時期 2023年2月
当時の社長 藤江太郎
論点 経営管理の変革と成長戦略
何をなぜ決めたか
概要

2023年2月、味の素が藤江太郎社長のもとで、3年分の数値を積み上げる従来型の中期経営計画の策定を廃止し、2030年の"ありたい姿"から挑戦的な「ASV指標」をバックキャストして掲げる「中期ASV経営」へ転換した経営判断。

同時に志(パーパス)を「アミノ酸のはたらきで食と健康の課題解決」から「アミノサイエンス®で人・社会・地球のWell-beingに貢献する」へ進化させ、2030年までのロードマップを示した。単年度ごとの業績予想は従来どおり公表を続ける枠組みとした。

背景

事業を通じて社会価値と経済価値を共に創る 『ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)』 を経営の基本方針に据え、2020-2025中期経営計画のフェーズ1(2020-2022中計)では徹底的な構造改革、重点事業への集中、有形資産を軽くするアセットライトを進めてきた。掲げた財務・非財務の各目標はほぼ達成し、1年前倒しで再成長ステージに入ったが、重点事業売上高比率と従業員エンゲージメントスコアは未達に終わった。

一方で、先行きが不透明な3年先の経営数値を精緻に作り込むことに主眼が置かれ、挑戦的な取組みや成長が不十分になるという課題も抱えていた。

内容

ロードマップの柱は三つ。計画中心から継続的に実行力を磨き込む経営への変革、成長性と競争優位性を軸に置き換えたポートフォリオマネジメント、そして技術・人財・顧客・組織という無形資産への重点投資である。2030年までに約1,000億円の人財投資を行い、従業員エンゲージメントスコアを2025年度80%、2030年度85%へ引き上げる。

ヘルスケア、フード&ウェルネス、ICT、グリーンの4成長領域へ資源をシフトし、志を 『アミノ酸のはたらきで食と健康の課題解決』 から 『アミノサイエンス®で人・社会・地球のWell-beingに貢献する』 へ進化させた。

含意

2030年の経済価値目標は、2022年度比でEPS3倍とROIC約17%。2023年3月16日の報酬委員会は、中期業績連動型株式報酬の評価指標にROIC目標を2023年度9.5%、2024年度10.0%、2025年度11.0%と置き、ウエイトの40%を割り当てた。社会価値では2030年までに環境負荷50%削減と10億人の健康寿命延伸を掲げる。

2025年度実績はROIC11.8%、オーガニック成長率3.7%、EBITDAマージン率17.1%で、資本効率と収益性は前倒しでの目標達成も視野に入る水準に達した。

いつ何が起きたか 9件
筆者の見解
筆者の見解

数値目標を手放し、志で走る経営への賭け

この経営判断の核心は、財務的な危機への対応ではなく、業績が上向くさなかに、味の素が自社の計画づくりの作法そのものへ手を入れた点にある。単年度予想を3年分積み上げる精緻な中計は、達成度を測りやすい半面、先行きが不透明な3年先の数値を作り込むことに主眼が移り、挑戦と実行の熱量を奪いかねない。藤江太郎氏(社長)がこれを廃し、2030年のありたい姿からバックキャストした「ASV指標」へ軸を移したのは、管理の精度よりも挑戦と実行の速さを優先しようとする選択だっただろう。フェーズ1の目標をほぼ達成し、1年前倒しで再成長ステージに入った好調のうちに管理の作法へ着手した点に、危機対応型の改革とは異なる性格がうかがえる。

もっとも、数値目標を前面から下げる運びは、外部への説明の難しさと表裏の関係にある。長期の到達点は語れても、そこへ至る中期の具体像が見えにくければ、投資家や従業員の腹落ちは得にくい。移行直後に新指標の"分かりにくさ"が取り沙汰されたのは、その難しさの表れであろう。2030年にEPS3倍という一点を残し、そこへ役員報酬のROIC目標を年ごとに刻んで接続したのは、掲げた志を測れる形へ戻す仕掛けだったのかもしれない。数値の達成から、志を原動力とする企業文化の醸成へ——その成否は、掲げた指標を組織がどれだけ自分ごととして走らせられるかにかかっている。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
中期ASV経営2030ロードマップの条件

中期ASV経営2030ロードマップの条件

科目 概要 備考
決めたこと 3ヵ年中期経営計画の策定を廃止 2030年のありたい姿からバックキャストした「ASV指標」で管理する経営へ移す
公表 2023年2月 「中期ASV経営2030ロードマップ」として発表した
志(パーパス) アミノサイエンス®でWell-beingに貢献 「アミノ酸のはたらきで食と健康の課題解決」から進化させた
2030年の経済価値目標 2022年度比でEPS3倍 効率性はROIC約17%、成長性は2021年度からCAGR10%超の事業利益成長
2030年のアウトカム 環境負荷50%削減と10億人の健康寿命延伸 温室効果ガスは2050年のネットゼロ達成に向けて取組みを続ける
無形資産への投資 2030年までに約1,000億円の人財投資 技術・人財・顧客・組織の四つを競争優位の源泉と定め、見える化を進める
従業員エンゲージメントスコア 2025年度80%、2030年度85% 測定は2023年度スコアから「ASV実現プロセス」9設問の平均値へ変えた
成長領域 ヘルスケア、フード&ウェルネス、ICT、グリーン 事業モデル変革(BMX)でこの4領域へ経営資源をシフトする
役員報酬の評価指標 ROIC2023年度9.5%→2025年度11.0% 2023年3月16日の報酬委員会が決議。ウエイトはROIC40%、相対TSR20%
進捗の管理 単年度の業績予想は従来どおり公表 四半期予想と年度修正から、計画中心ではなく実行力を磨き込む経営へ移す
株主還元 累進配当政策 減配せず増配または配当維持。ノーマライズドEPSに基づく配当を標準の算定式とする
多様性 2030年にリーダーシップ層で多様性3指標30% 性別、国籍、グループ企業所属籍の3指標で登用を進める

出所:味の素 有価証券報告書 第145期(2023年3月期)・第146期(2024年3月期)【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】【役員の報酬等】、「中期ASV経営2030ロードマップ」プレゼンテーション資料(2023年2月28日)

売上高と利益の推移

味の素:売上高と利益の推移

(百万円) 売上高営業利益親会社の所有者に帰属する当期利益 備考
2018年3月期 1,114,78478,70660,124
2019年3月期 1,114,30853,64229,698 のれん・商標権・持分法投資の減損で当期利益を312億円押し下げた
2020年3月期 1,100,03948,77318,837 2020-2025中期経営計画の準備の年。ROICは3.0%
2021年3月期 1,071,453101,12159,416 構造改革フェーズの初年度。ROICは6.9%
2022年3月期 1,149,370124,57275,725 ROICは7.9%で、フェーズ1の目標8%にほぼ届いた
2023年3月期 1,359,115148,92894,065 フェーズ1の目標をほぼ達成し、1年前倒しで再成長ステージに入った
2024年3月期 1,439,231146,68287,121 移行後の初年度。遺伝子治療のフォージ・バイオロジクス社を取得した
2025年3月期 1,530,556113,96870,272 味の素アルテア社を売却し、関連する構造改革費用と減損を計上した
2026年3月期 1,583,719199,412134,675 ROIC11.8%、オーガニック成長率3.7%、EBITDAマージン率17.1%
売上高と営業利益率
売上高(百万円)営業利益率(%)

出所:味の素 有価証券報告書 第140〜148期(連結損益計算書、IFRS)

セグメント別の事業利益

味の素:セグメント別の事業利益

(百万円) 調味料・食品冷凍食品ヘルスケア等 備考
2021年3月期 86,7962,31826,264 調味料・食品、冷凍食品、ヘルスケア等の3区分へ変更した最初の期
2022年3月期 81,269△67843,362 冷凍食品は原材料と物流の費用が増え、事業利益が赤字に転じた
2023年3月期 84,8002,01348,657 ヘルスケア等は電子材料が牽引。冷凍食品は構造改革に伴う減損を計上した
2024年3月期 111,5509,57624,386 2024年3月期より報告セグメントへの研究開発費等の配賦方法を変更した
2025年3月期 113,9978,04031,795
2026年3月期 143,0368,45766,202 ヘルスケア等は電子材料の高成長で前期の2倍を超えた

出所:味の素 有価証券報告書 第143〜148期(連結財務諸表注記 セグメント情報)

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参考文献
出典・参考
  • 味の素グループ ウェブサイト「ASV|グループ企業情報」(公式)
  • 味の素 適時開示「中期ASV経営2030ロードマップに関するお知らせ」
  • 味の素 決算説明会資料「中期ASV経営2030ロードマップ」
  • 味の素 決算説明会資料「2024年3月期業績予想および企業価値向上に向けた取組み」
  • 味の素 有価証券報告書「第145期(2023年3月期)【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】」
  • 味の素 有価証券報告書「第145期(2023年3月期)【役員の報酬等】」
  • 味の素 有価証券報告書「第146期(2024年3月期)【コーポレート・ガバナンスの状況等】」
  • 味の素 有価証券報告書「第148期(2026年3月期)【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】」

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