シルチェスターによる特別配当の株主提案と、その否決

DOEに基づく安定配当を貫くか、増配要求に応じるか——低PBRのゼネコンが迫られた資本配分の選択

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時期 2023年6月
意思決定者 大林組取締役会(反対決議)/第119回定時株主総会 否決
論点 株主還元と資本配分の方針
概要
2023年、大林組株を約4%持つ英運用会社シルチェスター・インターナショナル・インベスターズが、1株12円の特別配当を求める株主提案を第119回定時株主総会に提出した経営判断。会社側は5月11日の取締役会で反対を決議し、6月28日の総会で提案は反対多数により否決された。
背景
東京証券取引所が2023年にPBR1倍割れ企業へ資本効率の改善を求めるなか、受注産業として自己資本を厚く積むゼネコンは低PBRの是正を迫られていた。2021年7月から大林組に投資してきたシルチェスターは、株価が純資産を下回る水準にあることを問題視し、独自の高い還元基準を掲げて増配を要求した。
内容
シルチェスターは、コア事業の純利益の50%と保有株式からの配当金100%を株主に分配すべきとして、会社予定の年42円に特別配当12円を上乗せした総額54円相当の還元を提案した。大林組は、中期経営計画2022で掲げた5年6,000億円の成長投資や、自己資本配当率(DOE)3%を目安とする長期安定配当の方針を根拠に、提案を退けた。
含意
提案は否決された一方、争点となった資本効率・政策保有株・株主還元は、その後の資本政策に影を落とし続けた。大林組は特別配当という手法には距離を置いたまま、自己資本1兆円水準の維持と1,000億円の自己株式取得、政策保有株の削減という別の形で市場の要求に対応していった。
筆者の見解

否決の先に残ったもの

この一件の中心にあったのは、受注産業として自己資本を厚く積むゼネコンの合理性と、その資本の効率を問う市場の視線との緊張であった。大林組が掲げたDOEという物差しは、利益が落ち込む年でも配当を保つための長期安定の論理であり、成長投資の枠を守るための盾でもあった。シルチェスターの独自基準による増配要求を、会社が計画の阻害と計算方法の不合理という二つの理由で退けた点には、還元の水準を誰がどの基準で決めるのかという問いがにじんでいたとみることができる。

否決は、数のうえでは会社側の主張が通った結果であった。ただ、その後に会社が自己株式取得を厚くし、政策保有株の削減を進め、ROEの改善へ資本コストの検証に踏み込んでいった経緯を並べると、否決は要求の全面的な退けにはとどまらなかったとみられる。東証の改革と株主の視線が続くなかで、ゼネコンがどこまで自己資本を抱え、どこから株主に戻すべきかという線引きは、なお揺れている。大林組がDOEという基準を守りながら還元を拡充していく歩みが、その線引きへの一つの答えになるのかどうかが、この先に残された問いであった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

低PBRの是正を迫られたゼネコン

2023年、東京証券取引所は株価純資産倍率(PBR)が1倍を下回る上場企業に対し、資本コストと株価を意識した経営の改善を求めた。工事を受注してから完成まで長い期間を要するゼネコンは、支払いに備えて自己資本を厚く積む合理性を持つ一方、その分だけ資本効率が低く映りやすい業種であった。大林組も2022年3月期は資材価格の高騰と低採算工事の影響で連結営業利益が411億円へ落ち込み、株価は純資産を下回る水準に沈んでいた[1]

提案主のシルチェスター・インターナショナル・インベスターズは、1995年以来日本株に投資してきた英国拠点の運用会社である。空売りやデリバティブを用いず長期の運用に徹し、純資産や株式収益率に照らして割安な銘柄に投資する方針を掲げていた。大林組株には2021年7月から投資を始め、2023年3月末には約4%を保有するに至っていた。同社は自らをアクティビストではないと位置づけつつ、大林組の取締役会や経営陣と業績・資本配分について定期的に協議を重ねてきた[2][3]

独自の還元基準による増配要求

シルチェスターの要求は、独自の高い還元基準に立っていた。同社は、大林組のコア事業から生じる純利益の50%と、保有株式から受け取る配当金の100%に相当する金額を株主に分配すべきだと主張した。この基準に沿えば、会社は事業からの純利益の半分を手元に残しつつ、健全なバランスシートを維持したまま事業の拡大を続けられるというのが提案の論理であった。2023年3月に非公式に還元を要請したものの会社が応じなかったため、株主提案として株主総会の議題に持ち込んだ[4]

具体的な提案は、普通株式1株あたり12円の特別配当であった。会社が予定していた年42円の配当に上乗せすれば、総額で54円相当の還元になる計算である。シルチェスターは、株価が純資産倍率などで割安に評価されている点を問題視しており、余力のある大林組が還元を拡充すべきだと訴えた。配当金の支払開始日を2023年7月19日と定めるなど、提案は具体的な実施日まで書き込まれていた[5][6]

決断

取締役会による反対決議

2023年5月11日、大林組の取締役会は本株主提案に反対することを決議した。反対の第一の理由に挙げたのは、企業価値向上のための経営計画の阻害であった。会社は2022年度を初年度とする中期経営計画2022で、建設事業の生産性向上や不動産・グリーンエネルギーなどの周辺領域、人的資本への5年6,000億円の成長投資を掲げていた。提案どおりに配当を積み増せば、この成長投資枠や人的資本投資枠を配当原資に回すことになり、企業価値を高めるための計画を損なうとみていた[7]

第二の理由は、配当の計算方法そのものへの反論であった。大林組は自己資本配当率(DOE)3%程度を目安に配当を決める方針を採り、前期末と当期末の自己資本の平均に3%を乗じた額を年間配当総額のめどとしていた。会社はこの方式が期の利益の増減にかかわらず長期安定配当を保つと説明し、大幅な利益増があった場合には特別配当なども検討するとの余地は残していた。提案の計算方法は、政策保有株式以外の営業外・特別利益等を配当原資に充てない不合理なものだと退けた[8]

政策保有株とISSの反対推奨

総会をめぐる圧力は、特別配当の提案だけではなかった。議決権行使助言会社のISSは、大林剛郎会長と蓮輪賢治社長の再任に反対する推奨を出した。大林組が政策保有株を純資産比でISSの目安とする2割を超えて抱えていたことが理由であった。2人の経営トップへの評価は前年から厳しく、2022年の総会では他の取締役の賛成率が95%以上だったのに対し、大林会長は81%、蓮輪社長は84%にとどまっていた[9]

大林組は総会に先立つ6月8日、政策保有についての見解を公表した。保有は取引関係の維持強化が目的であって持ち合いを前提としたものではなく、相手先から株式売却の申し出があれば断ることは一切ないと説明した。会社は中期経営計画2022のキャッシュ配分でも政策保有株の売却1,500億円を織り込んでおり、保有株を段階的に減らす方針は示していた。増配要求と政策保有への批判が重なるなかで、会社は還元と保有株の両面から自らの立場を説明する必要に迫られていた[10]

結果

総会での否決

2023年6月28日、大林組は第119回定時株主総会を開いた。シルチェスターが提案した1株12円の特別配当は、反対多数により否決された。一方、会社側が提出した取締役選任や剰余金の処分など4議案は、いずれも可決された。この日承認された2023年3月期の連結業績は、売上高1兆9,838億円、営業利益938億円、純利益776億円と、資材高で沈んだ前期から回復していた。会社は予定どおり年42円の配当を維持し、特別配当の上乗せは見送られた[11][12]

大林組の総会は、株主提案が相次いだ2023年6月総会の一つであった。この年に株主提案を受けた企業は90社にのぼり、東証のPBR改善要請を追い風に、低PBRの経営者へ増配や役員再任反対の圧力が向かっていた。大林剛郎会長と蓮輪賢治社長の再任議案は、ISSの反対推奨を受けながらも可決された。ただ、特別配当と政策保有株をめぐる株主の視線は、提案の否決によって消えるものではなかった[13]

その後の資本政策

提案は退けられたものの、争点となった資本効率と株主還元は、その後も大林組の資本政策の課題として残った。2025年5月、会社は自己資本1兆円水準を必要十分な規模と位置づけ、その維持と2027年3月までの1,000億円の自己株式取得を方針として示した。長期安定配当を保つDOEの方針は続けつつ、余剰の自己資本を自己株式取得の形で株主に戻す方針を明確にしていった。ROEの改善に向けて事業ごとに資本コストを検証する考えも示している[14]

もっとも、シルチェスターが求めた特別配当という手法そのものには、会社は距離を置き続けた。2025年5月の決算説明会でも、DOEに特別配当を組み合わせるという議論は現在行っていないと明言している。会社が選んだのは、DOE水準の見直しや自己株式取得、そして政策保有株の削減という別の道であった。増配の要求は否決によって退けられたが、その根にあった資本効率への問いは、手法を変えながら会社の資本政策に取り込まれていったとみられる[15]

出典・参考