この決断の中心にあるのは、切り離せる事業をあらかた合理化し尽くした企業が、次の危機で何を差し出せるのかという問いである。レーザーディスク、プラズマと撤退を重ね、オーディオまで手放して車載に賭けた末に、その車載でつまずいた。過去の合理化が固定費を軽くした一方で、いざというときに売って資金化できる余力までも削っていた。残された切り札が、事業ではなく上場という地位そのものであったところに、この判断の重さがうかがえる。
独立系の名門が海外ファンドの完全子会社となり、上場を手放したこと自体は、市場からの資金調達に頼れなくなった企業の一つの帰結と思われる。非公開化は痛みを一気に処理する自由を与える一方で、外部の評価にさらされない再建が本当に規律を保てるのかという別の問いも呼び込む。技術に定評がありながら見通しの甘さで収益を損ねてきた会社が、資本の主が代わることでその体質まで変えられたのかどうかは、傘下入り後の歩みが静かに問いかけているといえる。