ボーデンブランドの年間売上高250億円は、明治乳業の総売上高3,921億円の6%にとどまる。ベントレス会長が示した最終提案は、ボーデン主導で設ける拠点が生産と販売を担い、明治乳業の役割を日本の商慣習への対応と保冷輸送に限るもので、日本での決定権をボーデン側へ移す内容だった。中山悠社長はこれを退けた。そのとき問われたのは、失われる売上高の大きさではなく、日本の事業の経営を誰が握るかであった。引き換えに、家庭用高級アイスの約6割を占めるレディボーデンを譲渡すれば、出荷額シェア15.3%で森永と並んでいた首位の座も動くことになる。
代わりの商品は、すぐには出てこなかった。1990年9月の"彩"はレディボーデンより高級な市場に向けた商品で、穴を埋める性格のものではない。明治ブランドのチーズもさえず、ナチュラルチーズも弱かった。20年にわたり競合品を開発できない契約の下に置かれた組織が、1年で代わりを用意できるはずもない。福田耕作専務の言う"意欲と熱気"が"ブルージェ"や"明治十勝"という商品になるまでには、なお1年から2年を要している。借りたブランドで20年を売った会社は、自前の棚を作り直す2年を後から払った。