独立系LCCピーチ・アビエーションの304億円での子会社化
独立系ゆえに成功したピーチを、片野坂真哉社長はなぜ304億円かけて子会社に取り込んだか
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- 概要
- 2017年2月24日、ANAホールディングスが304億円を投じ、傘下のLCC(格安航空会社)ピーチ・アビエーションへの出資比率を38.7%から67%へ引き上げ、4月をめどに子会社化すると発表した経営判断。片野坂真哉社長のもとで、産業革新機構と香港のファーストイースタンが持つ株式の一部を買い取り、日本初のLCCとして育ったピーチをグループへ取り込んだ。
- 背景
- ピーチは2012年に日本初のLCCとして就航し、就航3年目に黒字化、2015年度には営業利益率12.8%と業界屈指の高収益を上げていた。世界の大手LCCが独立系として伸びた経緯を踏まえ、ANAはあえて出資を持ち分法適用にとどめていた。競合の日本航空(JAL)への国の投資制限が2017年3月に外れる直前という時機でもあった。
- 内容
- 買い増しはピーチに決定権のない株主3社間の協議として進み、ANAが産業革新機構とファーストイースタンの持ち分を半分弱ずつ買い取った。企業価値を1100億円弱、直近純利益の約40倍と評価した取得で、証券アナリストからは高値づかみとの批判も出た。会見では独自性の尊重を約束しつつ、バニラエアとの将来的な統合は否定しなかった。
- 含意
- 独立系として成功した会社をあえて子会社化する路線転換であり、国内の空を「ANA色」に染める業界再編の一手であった。翌2018年に発表されるピーチ・バニラ統合へ連なるLCC集約の核となった判断で、成長と個性のどちらを残すのかという問いを残した。
独立系の成功を束ねるということ
この判断の核心は、独立系であればこそ伸びた会社を、あえて親会社の側へ引き寄せた点にある。出資を持ち分法にとどめ、自由に走らせることでピーチは高収益を実現した。その成功の型を手放してまで子会社化に踏み切った背景には、JALの復権を前に国内の空を固めておきたいという競争上の焦りが濃くにじむ。純利益の約40倍という対価に高値づかみの評が付いたのも、事業単体の採算より業界再編の主導権を優先した判断だったからとみることができる。
子会社化から1年で決まったバニラとの統合は、この買収がLCC1社の獲得ではなく、傘下ブランドの整理までを見据えた布石であったことを示している。独自性を尊重するという会見での約束と、ブランドをピーチへ一本化していく現実とのあいだには、なお距離があった。効率を求めて束ねるほど、ピーチを支えてきた独立系らしさは薄まりかねない。子会社化が生んだLCC集約の流れが、成長と個性のどちらを残すのかは、その後の運営に委ねられているとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
独立系として育ったピーチ
ピーチ・アビエーションは、ANAの社内プロジェクトから生まれ、2012年3月に日本初のLCC(格安航空会社)として関西国際空港を拠点に運航を始めた。段ボール製のチェックイン機や独特の機内食など、既存の航空会社にはない試みで利用者を集め、就航3年目の2013年度には早くも黒字化を達成した。2015年度には営業利益率12.8%という業界屈指の高収益を上げ、累積損失も一掃していた。フルサービス大手が抱える会社としては例外的な成功であった[1]。
この成功には、独立性を保った出資構成が寄与していた。ピーチの株式は2011年の設立当初から、ANAのほかに官民ファンドの産業革新機構、香港の投資ファンドであるファーストイースタンの3社が持ち合い、ANAの出資は持ち分法適用にとどめられていた。世界の大手LCCが軒並み独立系として伸びてきた経緯を踏まえ、親会社の色に染めないことをあえて設立の前提に置いた形であった[2]。
JALという時計と、進む国内再編
子会社化を急がせた事情は、ANA自身よりも競合の日本航空(JAL)の側にあった。JALは2010年の経営破綻で公的資金の注入を受け、ANAとの公平を期すため、新規の投資や路線開設を国から制限されてきた。その制約が2017年3月に外れる。国の支援ではからずも高収益体質を取り戻したJALが身軽になって動き出す前に、ANAは事業を広げて陣容を固めておきたかった[3]。
ANAはすでに国内の中堅航空を次々と傘下に収めていた。2015年に経営破綻したスカイマークに16.5%を出資して再生スポンサーとなり、1990年代の規制緩和で参入したエア・ドゥ、ソラシドエア、スターフライヤーも経営難から支援下に置いていた。国内の空を「ANA色」に染める包囲網の総仕上げとして、最後に残った成長株のピーチを取り込む狙いがあったとみられる[4]。
決断
304億円での買い増しと子会社化
2017年2月24日、ANAホールディングスは304億円を投じ、ピーチへの出資比率を38.7%から67%へ引き上げ、4月をめどに子会社化すると発表した。買い増しはピーチの決定権が及ばない株主3社間の協議として進められ、ANAが産業革新機構とファーストイースタンの持ち分を半分弱ずつ買い取る形をとった。片野坂真哉社長は「ピーチの高い企業価値の果実をより多く取れるようになる」と満足げに語った[5]。
取得にあたりANAはピーチの企業価値を1100億円弱と見積もった。これは直近の純利益の約40倍にあたり、上場する世界の航空各社の株価収益率と比べても高い水準であった。証券アナリストからは「成長余地があるとはいえ、高値づかみだ」との声が上がった。独立系として成功した会社を、あえて割高な対価で取り込む判断であった[6]。
独立性をめぐる親子のぎこちなさ
子会社化の発表会見には、ピーチの井上慎一CEOも同席した。井上CEOは「これまでは孤軍奮闘してきたが、成長フェーズは競争が激しくなり1社では無理」と支援を受け入れる理由を語りつつ、「マイレージ提携、予約システムの共通化、アライアンスへの加盟、コードシェアは一切やりません」と独自路線を宣言した。すぐ隣で片野坂社長が「いや、これから考えるかもしれませんし」と牽制する一幕もあった[7]。
独自性をめぐる懸念に対し、片野坂社長は「人事や運賃、サービスといった部分ではピーチの独自性を尊重する。親会社の意向で幹部を送り込むことは考えていない」と応じた。一方で、同じ傘下にありながら赤字が続くバニラエアとの将来的な統合については、当面は自由に競争させるとしながらも、否定はしなかった。買収のねらいが、単独の高収益会社の獲得にとどまらず、LCC事業全体の再編にあったことがうかがえる[8]。
結果
1年でまとまったピーチ・バニラ統合
買収時に否定されなかったバニラとの統合は、想定より早く現実になった。2018年3月22日、ANAホールディングスは、関西国際空港拠点のピーチと成田空港拠点のバニラエアを2019年度末までに統合し、ブランドをピーチへ一本化すると発表した。片野坂社長が子会社化会見で統合を「今後考えるべきテーマ」と語ってから、わずか1年での決着であった[9]。
統合は、優等生のピーチが不振のバニラを救う色合いを帯びた。バニラは2015年度に初めて黒字化したものの、翌年度は主力の台湾路線での競争激化で赤字へ逆戻りし、累積損失は120億円に達していた。ANA出向者が多く、フルサービス流の発想からLCCの型を徹底しきれなかったとされる。アジアで新興LCCの参入が相次ぐなか、ピーチのノウハウで立て直しを急ぐ判断であった[10]。
- 週刊東洋経済 2017年3月11日号「LCCピーチを子会社化 ANAの“JAL包囲網”」
- 週刊東洋経済 2018年3月31日号「アジアLCC競争が激化 ピーチとバニラ、統合の必然」
- ANAホールディングス 有価証券報告書(2017年3月期・連結)