SCSK住商エレクトロニクスとの合併と、住友商事グループIT事業の一本化
ソフトと機器を別会社のまま置くか、一社に束ねるか——親会社を同じくする二社の統合
- 概要
- 2005年3月31日、住商情報システムと住商エレクトロニクスの両取締役会が合併契約を承認し、同年8月1日に住商情報システムを存続会社とする合併が成立した。ともに住友商事の子会社であった二社を一社に束ね、住友商事グループのIT事業の中核を一本化した経営判断である。
- 背景
- 住商情報システムはソフトウェア開発と情報処理を軸としており、住商エレクトロニクスはハード・ソフト・ネットワークを組み合わせたシステムの構築と販売を主業務としていた。同じ親会社の下で顧客基盤も商品も異なる二社が並び、住商情報システムの経常利益は3期続けて後退していた。
- 内容
- 住商エレクトロニクス株1株につき住商情報システム株0.58株を割り当て、普通株式10,702,838株を発行した。合併交付金はなく、資本金の増加額は0円とされた。住商エレクトロニクスの子会社2社と関連会社2社がグループに加わり、連結従業員数は2,179名から3,043名へ増えた。
- 含意
- 2006年3月期の連結売上高は前期比70.4%増の1,202億円となり、事業規模はほぼ倍になった。一方で当期純利益は12.2%減の27億円にとどまり、有価証券報告書は合併の効果が当初期待どおりに進展しない可能性をリスクとして挙げていた。
規模を先につくるということ
この合併を、同じ親会社を持つ二社の事務的な整理と読むと、話が小さくなりすぎる。住商情報システムは1989年の上場時点で系列外の売上が半分を占め、外販で立つ会社として歩んできた。その会社が機器販売に強い住商エレクトロニクスを取り込んで規模を倍にしたのは、ソフトから機器までを一社で引き受ける売り方へ商品構成を組み替える判断であったとみることができる。消える側の社長であった阿部康行氏が存続会社の社長として執行を担った点にも、事業の作り替えという性格がうかがえる。
もっとも、規模の倍増はそのまま利益にはならなかった。合併初年度の当期純利益は前期を12.2%下回り、不採算案件の損失と開発費の前倒しが利益を削っている。会社自身も、合併の効果が当初期待どおりには進展しない可能性をリスクに並べていた。二つの顧客基盤と商品群を一つの営業体へ束ねる作業は締結日には終わらず、翌年以降のグループ会社の統合として続く。規模を先につくり、中身を後から合わせる順序は、六年後のCSKとの合併でも繰り返される。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
外販で立った商社系情報サービス会社
住商情報システムは、1969年10月に住友商事グループの情報サービスを担う会社として発足した。当時のユーザー系情報サービス会社は、親会社の情報処理を引き受けるために分離独立した例が多かったが、同社は設立の時点から一般顧客を対象に業務を行う方針を掲げていた。1989年2月には総合商社系の情報サービス会社として初めて東京証券取引所市場第二部へ上場し、1991年9月に第一部へ指定された[1][2]。
上場当時の川本弘社長は、住友商事向けが売上高の34〜35%、住友グループ全体で約50%を占め、残る約50%が系列外であると説明し、系列外の売上が親会社向けを上回る速さで伸びるため依存比率は下がるとの見通しを示していた。1992年10月には商号を住商情報システムへ改めている。商社の子会社でありながら外販で稼ぐ会社であることが、早い時期から骨格になっていた[3]。
同じ親会社の下に並んだ二社
住友商事のIT事業を担う会社は、住商情報システムだけではなかった。住商エレクトロニクスは、ハードウェア、ソフトウェア、情報ネットワーク技術を組み合わせたシステムの構築・提供を主業務とし、2005年3月期の連結売上高は572億円、経常利益は24億円、当期純利益は14億円であった。ソフトウェア開発と情報処理に軸を置く会社と、機器を含むシステム販売に強い会社が、同じ親会社の下に並んでいた[4][5]。
一方で、住商情報システムの収益力は落ちていた。連結の経常利益は2003年3月期の97億円から2004年3月期71億円、2005年3月期51億円へと二期続けて後退し、連結売上高も766億円から705億円へ減っていた。有価証券報告書は、情報サービス業界で競合他社との競争激化と案件価格の低下傾向が続いていると記している。規模を追うにも収益を守るにも、単独では手詰まりに近づいていた[6][7]。
決断
2005年3月31日の合併契約
2005年3月31日、住商情報システムと住商エレクトロニクスの両取締役会は合併契約を承認し、同日付で契約書を締結した。契約は同年6月28日の両社定時株主総会で承認され、8月1日を合併期日として住商情報システムが存続し、住商エレクトロニクスは解散した。合併に際して住商情報システムは普通株式10,702,838株を発行し、住商エレクトロニクス株1株につき0.58株を割り当てている。合併交付金は支払わず、資本金の増加額は0円とされた[8][9]。
掲げられた目的は、経営革新と企業成長スピードの一層の加速であった。住商情報システムは合併について、住友商事グループのIT分野における真の中核企業として新たな出発をしたと総括し、あわせて両社の重複事業は組織を一体化して効率的な運営体制を組んだと説明している。顧客基盤の強化と、機器からソフトまでを通したサービス提供が、統合で得られる実利として見込まれた[10]。
消える側の社長が引き継いだ執行
合併を実行に移したのは、消える側の会社のトップであった。阿部康行氏は1977年に住友商事へ入社し、米国住友商事会社の情報産業部門長などを経て、2002年6月に住商エレクトロニクスの社長へ就いている。2004年6月からは住商情報システムの取締役を兼ね、合併の4カ月前にあたる2005年4月に同社の代表取締役社長へ移った。合併後は住商エレクトロニクスの取締役も兼務している[11]。
統合の実体は、事業区分の組み替えと人員の合流に表れた。合併によって住商エレクトロニクスの子会社2社と関連会社2社が住商情報システムグループへ加わり、連結の従業員数は前期末の2,179名から3,043名へ増えている。事業はソフトウェア開発、情報処理、システム販売の3区分に整理され、住商エレクトロニクスが担っていた機器を組み合わせた販売が3本目の柱に据えられた[12]。
結果
倍増した売上と、目減りした最終利益
2006年3月期の連結売上高は前期比70.4%増の1,202億円となった。合併の寄与は8月からの8カ月分にとどまるため、通年に均せば両社の合算に近い水準へ届く計算になる。経常利益も31.7%増の67億円へ戻した。1969年の設立から36年をかけて積み上げた事業規模が、一度の合併でほぼ倍になったことになる[13]。
もっとも、最終利益は逆に減った。当期純利益は12.2%減の27億円にとどまっている。自社開発パッケージ「ProActive E2」の製品ラインアップを拡充するための開発費を前倒しで計上したこと、不採算案件による損失が出たこと、注力分野へ経営資源を再配分するなかで事業資産の見直しに伴う特別損益が生じたことが重なった。有価証券報告書は事業等のリスクとして、合併の効果が当初期待どおりには進展しない可能性を明記していた[14][15]。
統合はその後も続いた
統合の作業は一度では終わらなかった。2005年12月には金融業界向けコンサルティングを担っていたSCSファイナンシャル・コンサルティングを本体へ統合し、2006年1月には住エレシステムと九州住商情報システムを統合してSCSソリューションズを設立、同年6月にはSCS・ITマネジメントを合併した。2008年にビリングソフト、2010年にカールと、グループ会社の吸収があとに続いている[16][17]。
業績は合併の翌期に伸びた。2007年3月期の連結売上高は1,373億円、経常利益は89億円、2008年3月期の経常利益は105億円に達している。ただしその後は世界的な金融危機を挟んで売上高が1,270億円台まで戻り、2011年3月期は1,328億円、経常利益73億円であった。倍にした規模を利益の成長へつなげきれないまま、住商情報システムは2011年10月に株式会社CSKとの合併へ向かう[18][19]。
- 証券アナリストジャーナル 1989年27巻4号「企業 住商コンピューターサービス」(川本弘社長 日本証券アナリスト協会企業分析部会講演要旨)
- 住商情報システム 有価証券報告書(2006年3月期・連結)
- 住商情報システム 有価証券報告書(2007年3月期・2008年3月期・2011年3月期・連結)
- SCSK 有価証券報告書【沿革】