この合併で日本ユニバックが手にしたのは、二系統の顧客基盤と全国の保守網であり、手にしなかったのは製品を決める権限であった。合併比率33対1で発行済株式総数の3分の1近くにあたる株式を新たに発行し、商号まで米国本社の新社名に合わせながら、同じ月に効力を持った総代理店契約の中身は輸入販売・保守・商標使用権という従来どおりの三点にとどまっている。統合の規模と、経営の自由度の変化との落差に、この判断の性格が表れている。
もっとも、当時の日本ユニバックに別の選択肢があったとは考えにくい。製品も商標も米国側にあり、供給元が一社になった以上、日本側の販売会社が二つ並ぶ理由は消えていた。1988年4月に定めた社名は34年もった。総代理店契約のほうは1991年3月と2005年10月に一部を改め、2005年の改定では商標使用権等の一括使用許諾料として225百万ドルを支払う形に変わっている。