ヤマダホールディングス 不採算46店の一斉閉店 一斉閉店を伴う構造改革
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何をなぜ決めたか
- 概要
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2015年、テレビ特需の反動と消費増税後の需要減で業績が急落したヤマダ電機が、郊外・地方の不採算店を中心に46店を一斉閉店して都市部と店舗効率へ絞り直し、翌2016年に創業家以外からダイクマ出身の桑野光正氏を社長に登用した構造改革。
- 背景
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2011年3月期の売上高2兆1532億円を頂点に減収が続き、地上デジタル放送移行後のテレビ需要減、ネット通販の普及、家電市場の縮小が重なった。1店舗当たり売上高は2007年3月期の42億円から2015年3月期には16億3800万円へ、4割の水準まで減少した。
いつ何が起きたか 6件
筆者の見解
筆者の見解
効率は戻せても、承継は残った
この構造改革の眼目は、拡大一辺倒で膨らんだ店舗網を、都市部と効率へ絞り直した点にある。郊外ロードサイドに画一的な大型店を並べる安売りモデルは、店の数が売上を押し上げる間は強かったが、市場が縮み客足が都市へ移ると、1店舗当たり16億円台まで落ちた効率が重荷になった。46店の一斉閉店は、自ら築いた成功パターンを削る痛みを伴う判断だった。強さの源だった多店舗そのものに、初めて手を入れた。
あわせて創業家以外から社長を据えた点に、この改革のもう一つの性格がある。だが、東洋経済オンラインが脱同族と呼んだ桑野光正社長の体制は2年2か月で終わり、後任の三嶋恒夫氏を経て、経営が創業者・山田昇氏の手に戻ったのは2021年9月のことだった。効率の立て直しは数字の上で成果を出したが、創業者に代わって会社を率いる経営者をどう育てるかという課題は、その後も繰り返し表に出た。強い創業者のもとで安売りモデルを磨いた会社が、そのモデルと承継の両方を同時に作り替える難しさを、この一連の判断は映している。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
業績の推移
同じ問いに直面した会社
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参考文献
- ヤマダホールディングス 有価証券報告書(連結・役員の状況)