ヤマダホールディングス 不採算46店の一斉閉店 一斉閉店を伴う構造改革

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時期 2015年5月
当時の社長 山田昇
論点 業績立て直しと経営体制
何をなぜ決めたか
概要

2015年、テレビ特需の反動と消費増税後の需要減で業績が急落したヤマダ電機が、郊外・地方の不採算店を中心に46店を一斉閉店して都市部と店舗効率へ絞り直し、翌2016年に創業家以外からダイクマ出身の桑野光正氏を社長に登用した構造改革。

背景

2011年3月期の売上高2兆1532億円を頂点に減収が続き、地上デジタル放送移行後のテレビ需要減、ネット通販の普及、家電市場の縮小が重なった。1店舗当たり売上高は2007年3月期の42億円から2015年3月期には16億3800万円へ、4割の水準まで減少した。

内容

2015年5月、5月末までに46店を閉店し、6月末にもさらに11店を閉店・業態転換して売り場面積を約10万平方メートル削り、店舗効率の回復を狙った。2016年4月には創業者の山田昇氏が会長へ退き、取締役兼執行役員常務からダイクマ出身の桑野光正氏が社長へ就任した。

含意

郊外ロードサイドの安売りモデルが都市と低成長でつまずいたときの立て直し。閉店で店舗効率は戻ったが、東洋経済オンラインが"脱同族"と呼んだ桑野光正社長の体制は2年2か月で終わり、2018年6月に三嶋恒夫氏へ社長が引き継がれ、創業者の山田昇氏が改めて社長へ復帰したのは2021年9月だった。同族と外部登用の間で揺れた改革。

いつ何が起きたか 6件
筆者の見解
筆者の見解

効率は戻せても、承継は残った

この構造改革の眼目は、拡大一辺倒で膨らんだ店舗網を、都市部と効率へ絞り直した点にある。郊外ロードサイドに画一的な大型店を並べる安売りモデルは、店の数が売上を押し上げる間は強かったが、市場が縮み客足が都市へ移ると、1店舗当たり16億円台まで落ちた効率が重荷になった。46店の一斉閉店は、自ら築いた成功パターンを削る痛みを伴う判断だった。強さの源だった多店舗そのものに、初めて手を入れた。

あわせて創業家以外から社長を据えた点に、この改革のもう一つの性格がある。だが、東洋経済オンラインが脱同族と呼んだ桑野光正社長の体制は2年2か月で終わり、後任の三嶋恒夫氏を経て、経営が創業者・山田昇氏の手に戻ったのは2021年9月のことだった。効率の立て直しは数字の上で成果を出したが、創業者に代わって会社を率いる経営者をどう育てるかという課題は、その後も繰り返し表に出た。強い創業者のもとで安売りモデルを磨いた会社が、そのモデルと承継の両方を同時に作り替える難しさを、この一連の判断は映している。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
同じ問いに直面した会社

同じ問いに直面した会社

プロ経営者の招聘1995年ツムラバブル期に拡大した裾野の縮小と、創業家の外からの社長招聘多角化子会社の整理と経営体制
2016年カルビー松本晃氏の主導による、数字で管理する経営への転換収益構造と経営手法の作り替え
2009年ソニーCEOと社長を一人に集約し、エレクトロニクスとゲームを一体で動かす体制への転換経営体制の一本化と事業構造の改革
2003年そごうかつての商売敵との統合による、ミレニアムリテイリング傘下入り破綻後の再建方式(自力再建か旧敵との経営統合か)
2002年三菱自動車ダイムラー主導で進んだ、聖域を設けない再建計画の断行隠蔽体質と系列依存からの脱却による事業再建
固定費の削減1982年日本国有鉄道国鉄内部の改革派の形成と、臨調経営形態をめぐる組織内の主導権
2015年セブン&アイHD祖業として続けてきた総合スーパー事業からの段階的な撤退戦祖業・総合スーパー事業の不振店整理と縮小
2015年ワールド大規模な構造改革による店舗網の縮小と、不採算ブランドの廃止多ブランドの整理と固定費削減
2015年セガサミーホールディングス事業会社の機能別3社への分割と、施設運営事業の切り離しグループ事業構造の再編と不採算領域の切り離し
2015年ヤマハ製造事業の譲渡による自前工場の手放しと、電子部品事業の縮退半導体の製造設備を自社で保有し続けるか、外部委託へ切り替えるか
参考文献
出典・参考
  • ヤマダホールディングス 有価証券報告書(連結・役員の状況)

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