この創業を可能にしたのは、一つの技術ではなく、異なる持ち味を持ち寄った組み合わせであった。民生用エレクトロニクスを志向した技術者・井深氏、その構想を市場につなぐ事業家・盛田氏、そして無名のベンチャーに信用を貸した名望家・前田氏と万代氏——このいずれを欠いても、焼け跡の20人が大手に伍する会社は組み上がらなかったと推察される。若い技術と老練な信用を接ぎ木した布陣が、戦後ベンチャーの離陸を支えていた。
もう一つ見落とせないのは、同社が最初に握った武器が技術力そのものではなく、特許という法的な参入障壁であった点である。高周波バイアス法の特許で大手を10年退けた経験は、優れた発明を持つだけでは市場を守り切れないという、技術ベンチャーが繰り返し直面する現実を早くに映していたといえる。設立趣意書に掲げた技術者の理想工場という理念と、それを市場で成り立たせる算段——両者をどう両立させるかという問いは、トランジスタラジオからその先へと事業が広がってもなお、同社に残り続けたと思われる。