サードポイントの事業分離要求とソニーの統合堅持

2019年実施

高収益の事業を切り離すべきか——コングロマリット・ディスカウントを説く物言う株主に、ソニーはなぜ二度とも分離を退けたか

時期 2019年9月
意思決定者 ソニー取締役会(平井一夫・吉田憲一郎)
論点 事業分離要求への対応とコングロマリット経営
概要
2013年と2019年の二度、米ヘッジファンドのサードポイント(ダニエル・ローブ氏)がソニー株を取得し、事業分離を迫った。2013年は映画・音楽のエンタテインメント事業の部分上場を、2019年は半導体(イメージセンサー)事業の分離・上場を求めた。ソニーは平井一夫社長のもとで2013年に、吉田憲一郎社長のもとで2019年に、いずれも取締役会の全会一致で分離を拒み、両事業を中核として統合したまま残した。
背景
多くの事業を抱えるソニーには、個別事業の価値の合計より株式時価総額が低いというコングロマリット・ディスカウントの指摘があった。高収益のエンタメと半導体を切り離せば価値が顕在化するという株主の論理を背景に、サードポイントが二度にわたって接近した。
内容
2013年5月、ローブ氏はエンタメ事業の15〜20%の米上場を提案したが、ソニーは同年8月に拒否した。2019年6月、サードポイントは約15億ドルの株式を握り、半導体の分離とソニーフィナンシャル・エムスリー・オリンパス等の持分売却を求める提案書「A Stronger Sony」を提出したが、ソニーは同年9月に半導体を成長をけん引する重要な事業として分離を退けた。
含意
二度の分離要求を退けたソニーは、エンタメと半導体を抱えたまま2021年に純粋持株会社体制へ移り、2021年3月期に連結純利益1兆296億円を計上した。会社を割るのではなく統合で価値を高める道を選んだ判断が、その後の一体経営につながった。
筆者の見解

会社を割らずに、価値を高められるか

この判断の核心は、高収益の事業を切り離して価値を解き放つという物言う株主の論法に対し、ソニーが二度とも統合で応えた点にある。2013年に狙われたのはエンタテインメント、2019年に狙われたのは半導体で、標的は正反対だった。それでもソニーの答えは変わらなかった。個々の事業を分けて市場に評価させるより、映画・音楽・半導体・金融を一つの傘の下で協業させたほうが長い目で価値が大きい——平井体制も吉田体制も、この一点で分割論を退けた。ディスカウントという市場の値づけを認めながら、それを解くために会社を割ることは選ばなかった。

では、統合を選んだ判断は正しかったのか。分離を退けたソニーは純利益1兆円の会社となり、イメージセンサーは今も成長の柱である。答えは出たようにも見える。ただ、話はそれで閉じない。ソニーはのちに、サードポイントが整理を促した資産のいくつかを、自らの時機と条件で手放していく。オリンパス株を売り、金融も2025年に一部を分離・再上場した。分割論をいったん退けたうえで、何を抱え何を手放すかを自分で決め直す。統合したまま価値を高められるかという問いを、ソニーの二度の拒否は、決着させたのではなく経営の側へ引き取ったのだと読める。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

コングロマリット・ディスカウントと物言う株主の論理

ソニーは、ゲーム・音楽・映画・半導体・金融・エレクトロニクスを一つの会社に抱える複合企業である。事業を別々に評価した価値の合計より株式の時価総額が低くとどまるという、コングロマリット・ディスカウントの指摘が投資家から重ねられてきた。とりわけ映画・音楽のエンタテインメントと、スマートフォン向けイメージセンサーの半導体は高い収益を上げていた。この二つを切り離せば市場が正当な値をつけ、株主価値が顕在化する——そう説く物言う株主が、二度にわたってソニーに接近した。米ヘッジファンドのサードポイントと、ダニエル・ローブ氏である[1]

2013年、エンタメ分離要求と平井体制の拒否

2013年5月、ローブ氏はソニー株を買い進め、発行済み株式の約7%を握る筆頭株主となった。同月、平井一夫社長らに宛てた書簡で、映画と音楽のエンタテインメント事業の15〜20%を既存株主に割り当てて米国に上場する部分分離を提案した。当時のソニーはテレビや携帯電話の不振で最終赤字を重ね、エレクトロニクスをエンタメと金融が下支えする収益構造にあった。切り離せば市場が高収益のエンタメを正しく評価し、本体の株価も上向く——ローブ氏はそう見立て、上場が滞れば最大20億ドルを引き受ける用意があるとまで申し出た[2]

ソニーは提案を退けた。2013年8月6日、取締役会は全会一致でエンタメ事業の分離・上場を見送った。エンタメを100%保有してこそ事業間の相乗効果を最大限に引き出せる、というのが理由だった。平井社長はエンタメをソニーの競争力に不可欠な事業と述べ、エレクトロニクスやサービスとの協業に全力で取り組むと表明した。応じたのは、業績をより詳しく開示する一点にとどまる。翌2014年10月、サードポイントはソニー株をすべて売却した。約20%の利益を得て、ローブ氏は分離は拒まれたが一定の改革は実現したと総括した[3][4]

決断

2019年、半導体分離を迫る「A Stronger Sony」

5年の間を置いて、サードポイントは戻ってきた。2019年6月13日、同社は約15億ドルのソニー株を保有したうえで、102ページの提案書「A Stronger Sony」を取締役会へ送った。今度の標的は半導体だった。ソニーのイメージセンサー事業を独立した上場会社として切り離し、映画・音楽・ゲームに集中する会社を残す。2013年にエンタメを切り出そうとした論法を裏返し、今度は半導体を外へ出せと迫った。複雑な事業構成が投資家を遠ざけ、株価の割安を生んでいるというのが主張だった[5]

提案は数字で裏づけられていた。ソニーの半導体はスマートフォン向けイメージセンサーで7割を超すシェアを握り、営業利益1,440億円を稼ぐ高収益事業だった。ローブ氏は、切り離せば5年内に350億ドルの価値になりうると見積もった。さらに、ソニーフィナンシャル、エムスリー、オリンパス、スポティファイの持分売却も求めた。この四つでソニーの時価総額の約2割を占めており、本業から切り離して株主に返すべきだという設計だった[6]

「不可分の中核」という回答

ソニーの答えは、分離の拒否だった。3か月かけて提案を精査したのち、2019年9月17日、吉田憲一郎社長は株主に宛てた書簡で、半導体を手放さないと表明した。取締役会は全会一致で、イメージセンサー事業をグループ内にとどめることが長期の企業価値向上に最も資すると結論づけた。半導体はソニーの技術の象徴であり、ほかの事業や人材との協業を通じて今後さらに価値を生む成長のけん引役だ——吉田社長はそう述べ、短期のディスカウント解消よりも長期の価値創造を優先すると説いた[7][8]

すべてを拒んだわけではない。サードポイントが売却を求めた持分のうち、ソニーは半導体分離の回答に先立つ2019年8月30日、保有するオリンパス株5.03%をすべて手放し、約804億円を得た。投資額に対して207%の利益だった。中核でない上場株は整理する一方で、半導体は本体に残す。金融子会社もグループにとどめると明言した。ソニーが引いた線は、事業を身軽にするための資産売却には応じても、高収益の中核事業そのものの切り離しには応じない、というものだった[9]

結果

分離を退けた先の一体経営

サードポイントは矛を収めなかった。2019年10月、同社はソニーの回答に失望を表明し、示された改善策では不十分だと批判した。2020年に入っても半導体分離を重ねて求めたが、ソニーの方針は動かず、サードポイントはやがて保有株を手放していった。二度の接近はいずれも、高収益事業を切り出して価値を解き放つという同じ論理に貫かれ、ソニーはそのつど取締役会の全会一致で分離を退けた[10]

分離を退けたソニーは、多くの事業を抱えたまま次の段階へ進んだ。2021年4月、社名をソニーグループ株式会社に改め、エレクトロニクスを一子会社に収める純粋持株会社体制へ移った。半導体と金融、エンタテインメントは、いずれも中核として本体に残った。2021年3月期の連結純利益は1兆296億円に達し、日本企業でも数少ない1兆円超を記録した。会社を割るのではなく統合で価値を高めるという選択が、数字の面で一つの到達点に届いた年だった[11]

出典・参考