盛田昭夫

ソニー・元取締役社長

Morita Akio(敬称略)

更新:
社長就任 1971年6月
生年月日 —
学歴 大阪帝国大学理学部物理学科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1946年5月の設立に常務取締役として加わった共同創業者で、井深大氏が技術を見る一方で販売と海外を受け持った。家族を伴ってニューヨークへ移り、時計で知られる米ブローバ社からのOEM供給の申し出を断って自社ブランド"SONY"での輸出に賭けた。当時は米企業の下請けとして輸出するのが日本メーカーの常道で、無名のまま自社の名で売る選択は異例だった。ただし資本の裏づけは薄い。1974年10月期の大株主はモクスレイ・アンド・カンパニーが34.36%で筆頭、盛田氏個人は1.36%の8位である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1971年6月、井深大氏の後任として社長に就任し、井深氏は会長へ回った。就任前年度にあたる1970年10月期の売上高は1,299億円、経常利益143億円である。同じ1970年にトリニトロンの量産へ200億円の設備投資を決めており、輸出は総売上の60%、うち米国向けが37%を占めていた。外国人持株も32.14%と当時の許容枠33%に迫っている。市場でも資本でも米国への比重が高まるなかで、創業以来その両面を担ってきた人物へ交代した。

在任中の主な施策
施策

社長在任は約5年で、売上高は1971年10月期の1,597億円から1975年10月期の2,955億円へ伸びた。もっとも針路を変えた決断は退任後、会長として下している。1987年、盛田氏は機器だけの競争に限界を見て、テープレコーダーが録音済みソフトを生んだ経験をソフト事業への動機とした。1968年3月にCBS Inc.との合弁で設立したシービーエス・ソニーレコードは1988年1月に完全子会社となり、CBSレコードとコロンビア映画の連続買収へ続く。 井深・盛田両氏が創業トランジスタ技術で米国輸出

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1946〜1976年
在任中の業績
就任前(FY70)1,597億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

免責事項およびポリシー