井深大
ソニー・元取締役社長
社長就任までの出自
社長に選ばれた経緯
抜擢
初代社長は元文部大臣の前田多門氏で、井深氏は設立から4年間を専務取締役として実務を担ったのち、1950年5月に社長へ移った。就任した1950年10月期の売上高は0.9億円、従業員は114人で、まだ町工場の規模を出ていない。同じ年に安立電気と日本電気から高周波バイアス法の特許を25万円で取得してテープレコーダー市場へ参入しており、この特許は1960年まで有効で大手3社の参入を10年にわたって封じる盾になった。社長に就任したのは、事業をテープレコーダーひとつに定めて量産へ踏み出す時期にあたる。
在任中の主な施策
施策
1952年2月の初訪米でトランジスタの特許ライセンスを知り、反対する通商産業省を説いて1954年1月末に導入許可を得た。1955年8月に日本初のトランジスタラジオを発売し、1957年には世界初のポケッタブルラジオを市販、盛田昭夫氏の渡米と自社ブランド"SONY"での輸出につないだ。1958年に社名をソニーへ改め東証へ上場。総合電機へは広げず、1961年導入のクロマトロン方式が歩留まり1割未満で行き詰まった後も自社方式を貫き、1968年4月にトリニトロンを発表した。 井深・盛田両氏が創業
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1946〜1976年
在任中の業績
就任前(FY49)1億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-