売上前倒し計上の不適切会計と過年度決算の訂正

2022年実施

契約はまだ成立していないのに、なぜ売上は先に立ったのか——ノルマ文化が生んだ83件の「期ずれ」

時期 2022年2月
意思決定者 日本M&Aセンターホールディングス取締役会(調査委員会の設置)
論点 企業統治と会計の信頼性(売上至上の企業風土)
概要
2022年、日本M&Aセンターホールディングスは、子会社の日本M&Aセンターが手がけたM&A仲介の売上について、成約前に契約書の写しを偽造して本来より前の四半期に計上する不適切会計があったと公表した。過去5年半で83件、営業担当者や管理職ら約80人が関与し、2021年3月期の純利益は7億3600万円下方修正された。
背景
同社はM&A仲介の最大手として急成長し、営業各部の年次目標と各部長のコミットメント数字を積み上げる売上至上の企業風土を持っていた。成約が四半期をまたぐと売上計上がずれるため、目標の達成を優先して成立前に前倒し計上する誘惑が営業現場に生じていた。
内容
2021年11月、ある担当者が前倒し計上の持ち掛けを断ったとの報告を端緒に管理本部が社内調査に着手し、同年12月20日に公表した。最終契約が完了する前に顧客の署名や押印をコピーして偽造した契約書の写しを管理システムに登録し、本来より前の四半期に売上を計上する手口が確認された。
含意
会社は2021年3月期以降の有価証券報告書等を訂正し、三宅卓社長は任期満了まで月額報酬をゼロとするなど経営陣を処分した。損失の絶対額は小さいが、信頼が命のM&A仲介で組織的な契約書偽造が起きた点、調査を社内主導で進めた独立性の弱さが問われた。
筆者の見解

期ずれの小ささと、風土の重さ

この事案の核心は、盗まれた金額の大きさにはない。前倒し計上は売上を期をまたいで先取りする「期ずれ」であり、本来の期へ戻せば累計の損益はおおむね元に戻る。にもかかわらず、営業担当者や管理職ら約80人が契約書の署名を写して偽造するという、明白な不正へ踏み込んでいた。数字の達成を最優先する企業風土が、成約前の売上という一線を各期の目標のために越えさせた。個人の出来心ではなく、風土そのものが不正を許容していたところに、この事案の重さがある。

もう一つの論点は、身内による幕引きの危うさである。発端の調査は管理本部長の内々の聴き取りから始まり、正式な調査委員会にも社内の立場が含まれた。経営陣の関与は認められないと結論づけられたが、外部だけの独立した検証ではなかったことから、その結論の説得力に疑問が向けられた。信頼を商品とするM&A仲介にとって、不正の中身以上に、それをどう調べ語るかが問われた事案であった。売上至上の規律を成長の力として保ちつつ、それが会計と現場の倫理を侵さない歯止めをどう組み込むか。立て直しの成否はその一点にかかる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

M&A仲介最大手と、売上至上の企業風土

日本M&Aセンターは、後継者に悩む中小企業の合併・買収を仲立ちするM&A仲介で、国内最大手の地位を築いてきた。売り手と買い手を引き合わせ、成約時に受け取る成功報酬を積み上げるビジネスモデルは高い利益率を生み、同社は上場後も二桁の成長を続けてきた。その成長を支えたのが、営業各部の年次目標と各部長が背負うコミットメント数字を積み上げる、売上を最優先する企業風土であった。数字を必達とする規律は成長の原動力であると同時に、営業現場に強い達成圧力をかけていた[1]

このモデルには、時間をめぐる弱点があった。M&Aの成約は相手のある交渉であり、契約の締結が四半期をまたいで前後する。売上を計上できるのは契約が成立した期であるため、あと一歩で成約という案件が期末に間に合わなければ、その分の売上は次の四半期へずれ込む。目標の達成を至上とする現場にとって、この「期ずれ」は避けたい事態であり、成立を待たずに売上を先に立てたいという誘惑がつきまとった。不正は、この目標と実態のあいだの隙間に生じた[2]

発覚と調査

断られた「前倒しの持ち掛け」から

発覚の端緒は、内部からの小さな報告であった。2021年、ある担当者から管理本部に対し、ある部署から売上の前倒し計上を持ち掛けられたが断った、との報告が上がった。これを受けて管理本部長が疑義を認識し、案件担当者への聴き取りを進めると、不適切な社内報告が複数見つかった。会社は2021年12月20日、子会社である日本M&Aセンターの売上の期間帰属に関する社内調査を進めていると公表し、外部専門家の協力のもとで進行期を含む過去5年半をさかのぼって調べることになった[3]

調査は社内主導で始まり、2022年1月31日、それまで調査にあたってきた弁護士・公認会計士に社外取締役を加えた調査委員会が正式に設けられた。もっとも、この調査体制は、外部だけで構成する第三者委員会ではなく、社内の関与者に近い立場を含んでいた。事案の発端が管理本部長による内々の単独調査であったことも含め、後に法務の専門家からは、独立した検証として十分だったのかという疑問も呈されることになった[4]

契約書の署名を写した83件

調査が明らかにした手口は、書類の偽造であった。最終契約が完了する前に、顧客の記名や押印をコピーするなどして偽造した契約書の写しを管理システムに登録し、契約が成立済みであるかのように装って、本来よりも前の四半期に売上を計上していた。写しの署名押印部分の印影や筆跡が一致することから、案件担当者らによる偽造が裏づけられた。不適切な事例は過去5年半で83件にのぼり、営業担当者や管理職ら約80人が関与していた[5]

一方で、調査委員会は、業務執行取締役がこの前倒し計上を認識していた事実は認められないとした。不正は営業現場で広く行われていたものの、経営トップの指示や黙認によるものではないという結論であった。ただし、成約前の売上を戒めるよりも数字の達成を求める企業風土そのものが、現場を偽造へと向かわせた土壌だったことは否めず、原因は個人の逸脱にとどまらない組織的なものと受け止められた[6]

結果

過年度の訂正と、経営陣の処分

会社は調査結果を踏まえ、2022年2月14日に過年度の決算を訂正した。2021年3月期の売上高は361億3000万円から347億9500万円へ3.7%減り、営業利益は164億800万円から153億3600万円へ6.5%減、純利益は7億3600万円下方修正された。前倒しした売上は本来あるべき期へ戻る性質のもので、複数年をならせば累計の損益が大きく崩れるわけではないが、各期の成長の見え方をゆがめていたことになる。あわせて2021年4〜9月期の四半期報告書も訂正された[7]

経営責任も示された。三宅卓社長は報酬の減額と自主返納を合わせ、任期満了まで月額報酬をゼロとし、ほかの取締役も10〜50%の減額となった。会社は、コンプライアンスを重んじる経営理念の明確化や、チーフコンプライアンスオフィサー(CCO)の新設、研修の充実などを再発防止策として掲げた。信頼を売る仲介業で契約書の偽造が組織的に起きたことは、事業の根幹を揺らす打撃であり、立て直しは企業風土の作り替えまで求められることになった[8]

出典・参考