住友大阪セメント石炭高騰下での1トン2,000円級の値上げの反復と、生コン向け取引慣行の見直し
目先の黒字化か、脱炭素投資の原資か——諸橋央典社長はどこまで転嫁を通そうとしたか
- 概要
- 石炭市況の高騰でセメント事業が営業赤字に陥った2022年前後、住友大阪セメントが1トン2,000円級の値上げを繰り返し、生コンクリート業界との価格交渉の慣行を動かして転嫁を通した経営判断。諸橋央典社長のもとで、2025年4月出荷分からの三度目の改定まで続いた。
- 背景
- セメントの燃料である石炭の市況が1年強前の約4倍となり、2022年4〜6月期のセメント事業は54億円の営業赤字となった。生コンクリート協同組合との交渉は数百円単位で難航し、着工から完工まで生コン価格を固定する商習慣が転嫁を阻んでいた。
- 内容
- 2021年12月から2022年2月の出荷分にかけた1トン2,000〜2,400円の値上げを皮切りに、赤字決算のもとでも改定を重ねた。2025年4月出荷分では1トン2,200円を要請し、固定ユーザー1,070件余りの50%以上から満額の回答を得た。
- 含意
- 値上げの目的は赤字の解消にとどまらず、カーボンニュートラルへの設備投資の原資確保に置かれた。諸橋社長はセメント事業に3桁、すなわち100億円以上の営業利益が要ると述べている(決算説明会 2025/5/14)。
誰が商習慣を動かしたのか
1年強で約4倍になった石炭の値上がりを、住友大阪セメントは1トン2,000円級の改定を三度重ねることでしか受け止められていない。2011年に関根福一社長が出荷停止まで口にし、2015年に藤末亮専務執行役員が浸透していないと認めた交渉が、2020年代に入って通り始めた。変わったのは個社の交渉力ではない。赤字が業界全体に及び、生コンクリート側にも骨材の上昇が重なって、川上から川下まで同時に採算を割ったこと——この十年の差は、そちらで説明がつく。
1トン2,200円の要請は2,000円へ収束し、満額の回答も件数ベースで5割強にとどまった。浸透が半年ずれたことで、2026年3月期の通期予想は50億円下方修正されている。セメント事業の営業利益55億円は、諸橋社長が最低線として挙げた3桁の半分ほどにすぎない。脱炭素の設備投資を賄うには、この水準からもう一段の転嫁が要る。石炭高騰という一時の事情が交渉を一度通しただけなのか、価格が動く取引慣行として根づいたのかは、次の改定の通り方に表れる。
Yutaka Sugiura, 2026年8月
背景
通らなかった値上げの十年
セメントの販売価格をめぐる交渉は、住友大阪セメントにとって長く持ち越された課題であった。2011年5月、関根福一社長は決算説明会で6月からの1トン1,000円の値上げを掲げ、「受け入れない取引先には出荷停止も辞さない」(週刊東洋経済 2011/8/27)とまで踏み込んでいる。国内販売数量は過去20年で半減し、2010年は4,104万トンまで落ちていた。廃棄物のリサイクル収入を除けばセメント部門は赤字だという説明が、この強い言い方の背後にある[1][2]。
それでも転嫁は進まなかった。2014年夏に各社がようやく1トン約300円を浸透させた程度で、住友大阪セメントが2013年度に打ち出した1トン1,000〜1,500円の値上げについては、藤末亮専務執行役員が「完全には浸透していない」(週刊東洋経済 2015/4/24)と認めている。納入先の生コンクリート業者は骨材の値上げを先に受け入れざるをえず、その先のゼネコンも請負価格が契約時に固定される。川下へ進むほど値上げの余地が細る構造が、十年にわたって残った[3][4]。
石炭4倍と、価格が動かない取引慣行
2022年、この構造が限界に達した。セメントの燃料として大量に使う石炭の市況が1年強前の約4倍となり、各社は赤字のまま売り続けるほかなくなった。2022年4〜6月期のセメント事業の営業損益は、最大手の太平洋セメントが国内で64億円の赤字、業界2位の住友大阪セメントが54億円の赤字となった。生コンメーカーが地区ごとにつくる協同組合との交渉は「数百円上げるのも大変なもの」(週刊東洋経済 2022/10/1)と言われ、原価の上昇幅と交渉の刻みが桁で食い違っていた[5][6]。
価格を市況に連動させる試みも退けられている。太平洋セメントは2022年6月10日、石炭が1トン200ドルを超えた場合にコストの9割を自動で販売価格へ反映するサーチャージ制度を9月から導入すると表明したが、8月9日に全面導入を撤回した。同社の不死原正文社長は「2カ月で価格が変わると困ると言われた」(週刊東洋経済 2022/10/1)と説明している。生コンの価格を着工から完工まで固定する商習慣があり、工期途中の改定は発注するゼネコンの側が受け入れにくい[7][8]。
決断
赤字の年に値上げを引かなかった
住友大阪セメントは、この環境で値上げを引かなかった。2023年3月期のセメント事業は、国内販売価格の値上げを実施して売上高を1,403億円へ10.8%伸ばしながら、石炭価格の高騰により195億円の営業損失を計上している。全社でも86億円の営業損失、57億円の最終赤字に沈んだ。値上げは実施済みで、なお足りない——転嫁の速度そのものが問題だという事実が、この決算に数字として出た[9][10]。
打ち出した幅も小さくはない。セメント各社は2021年12月から2022年2月の出荷分にかけて1トン当たり2,000〜2,400円の値上げを掲げたが、普通セメントの市中価格は2022年秋の時点で前年比1,000円ほどの上昇にとどまる。要請額の半分も通らない計算になる。太平洋セメントの制度導入が撤回されたあとも住友大阪セメントは同じ水準の改定を重ね、諸橋央典社長は2025年5月の説明会で、過去2回を経て取引先の側にも転嫁を受け止める用意ができたと振り返った[11][12]。
転嫁した先の使い道
セメント事業の営業利益60億円という中期経営計画の目標を、諸橋社長は通過点としか見ていなかった。2025年5月14日の決算説明会で、その目標は達成できる見通しだとしたうえで、決して高い水準とは考えていないと述べている。理由に挙げたのがカーボンニュートラルへの設備投資であり、「最低でも3桁の数字は欲しい」(決算説明会 2025/5/14)と続けた。石炭の代替と熱エネルギーの取り込みを進める原資を、販売価格から取り戻す順序であった[13][14]。
鉱産品・建材・新材料の3事業は、セメントが195億円の営業損失を出した2023年3月期にも、それぞれ24億円・15億円・53億円の営業利益を確保していた。非セメント部門が黒字を積んでも、売上高2,047億円のうち1,403億円を占めるセメントが赤字であれば全社は沈む。脱炭素の設備投資も、そのセメント側に集中する。価格を通せるかどうかが、投資計画の可否をそのまま決めていた[15]。
結果
三度目の改定と、到達した水準
2025年4月出荷分からの改定が、三度目にあたった。諸橋社長は同年5月の説明会で、「コストアップを販売価格に転嫁する素地ができた」(決算説明会 2025/5/14)と述べ、生コンクリート会社や製品ユーザーなど1,070件余りの固定ユーザーのうち、50%以上から満額の回答を得たと明らかにした。ただし要請額は1トン2,200円で、実際には2,000円へ収束している。4月と7月に1,000円ずつ分けた例も含まれていた[16][17]。
浸透には時間がかかった。2025年11月12日、住友大阪セメントは価格改定の効果が一部で年度後半にずれ込むことなどを理由に、通期の営業利益予想を190億円から140億円へ引き下げている。それでもセメント事業の営業損益は、2023年3月期の195億円の損失から2025年3月期に9億円の黒字へ転じ、2026年3月期には55億円まで戻した。全社の営業利益も136億5,000万円となり、価格改定の未発現分は2027年3月期に46億円の好転として織り込まれている[18][19][20]。
- 週刊東洋経済 2011年8月27日号「NEWS TOP4 03 セメント 2年ぶり値上げを断行 復興で強気のメーカー」
- 週刊東洋経済 2015年4月24日号「価格を読む セメント 値上げ要請を継続でも顧客の生コン側は難色」
- 週刊東洋経済 2022年10月1日号「ニュース最前線 03 石炭高騰でセメント苦境 柔軟な値上げを阻む商習慣」
- 住友大阪セメント 有価証券報告書(2023年3月期・連結)
- 住友大阪セメント 2025年3月期 決算説明会 質疑応答(2025年5月14日)
- 住友大阪セメント 2026年3月期 第2四半期 決算説明会 質疑応答(2025年11月12日)
- 住友大阪セメント 2026年3月期 決算説明会 質疑応答(2026年5月14日)