筆者の見解
「持てなかった」歴史が変身に変わるとき
この転換を、単なる財務リストラの延長とみると読み違えることになる。持たざる経営は、バブルで受けた深い傷を手当てする策だった。同時にそれは、創業このかた"持てなかった"という来歴を、弱点ではなく武器として捉え直す試みでもあった。証券化と預かり資産という現代の道具を手にしたことで、埋め立てで土地をこしらえ、他社の資本を借りる技を磨いてきた歴史は、はじめて意図された戦略の形をとったのである。江戸英雄氏以来のパイオニア精神とは、持てなかったからこそ繰り返してきた挑戦の別名だったとも読める。
一方で、手数料ビジネスは顧客の意向に左右される水物であり、他社の参入が増えれば利益が圧縮される危うさも抱えていた。三菱地所でさえ有利子負債を抑えて手数料事業へ足がかりをつかもうとするなか、先行者利益を享受し続けられるかどうかは、取得後に価値を高めるソフト力にかかっていた。開発・保有・売却を機能として切り分け、都心のプライム物件には集中投資し、それ以外は機動的に回転させて利益を作る——のちの北米ハドソンヤードをめぐる二段構えの発想は、この2004年前後の舵取りに源流を求めることができる。持たない経営は終着点ではなく、次の集中投資と資産回転の出発点になった。
Yutaka Sugiura, 2026年7月