この創業から見えてくるのは、製品の性能ではなく企業の歴史と実績で取引の可否が決まる国内市場の慣行に、無名の新興メーカーがどう向き合ったかという問題である。永守重信氏は国内で得られなかった信用を、性能と価格だけで評価される米国市場での採用実績と、日本初のベンチャーキャピタルからの出資という二つの外部評価に置き換えていったとみられる。若さと実績の乏しさという弱みを、評価の場を移すことで補った経緯が読み取れる。
もう一つ浮かび上がるのは、創業初期に固めた米国経由の信用調達という方法が、その後の集中投資を支える下地になっていた点である。国内で拒まれた無名メーカーが米国での実績を日本市場への信用へ逆流させた経路は、HDD向けスピンドルモータへの集中投資と、世界シェア約88.7%に至る独占的な地位の土台になっていったといえる。信用そのものを経営資源として外から取り込む手つきが、精密小型モータの専業メーカーを短期間で世界市場へ押し上げていったと読める。