新勘定系システムMINORIへの全面刷新——4000億円台半ば・35万人月の勘定系統合
2019年実施二度のシステム障害を招いた3行併存の勘定系に、みずほはなぜ4000億円台半ばを投じて全面刷新を選んだのか
- 概要
- 2011年の第2次システム障害を受け、みずほは旧3行由来の勘定系を残したまま接続する延命策を捨て、勘定系の全面刷新へ動いた経営判断。佐藤康博社長のもとで富士通・日立・日本IBM・NTTデータへ分割発注し、延べ35万人月・4000億円台半ばを投じた新基盤MINORIは、二度の延期を経て坂井辰史のもとで2019年7月に全面稼働した。
- 背景
- 1999年に第一勧業・富士・日本興業の3行が統合したみずほは、出身行ごとに異なる勘定系を残したまま相互接続する設計を選び、2002年と2011年に全国規模のシステム障害を起こした。障害の再発は、旧来の基盤を継ぎ足す延命の限界を示した。
- 内容
- 機能単位にサービスを分けるSOAを採り、預金・為替などを主要4社へ分割発注する新基盤を自前で構築した。1次委託だけで70〜80社、総勢約1000社が加わる開発は二度延期され、2017年に開発完了、2018年6月から9次に分けて移行した。
- 含意
- 19年越しの勘定系統合を技術面で終えた一方、投資は2019年3月期に勘定系だけで4600億円の減損として損益に跳ね返り、純利益は965億円へ沈んだ。稼働直後の2021年には8回の障害が続き、巨大IT投資が抱える運用の難しさを残した。
完成は、安定を約束しなかった
この決断の核心は、継ぎ足しでしのぐ路線を捨て、勘定系そのものを作り直す覚悟にある。二度の障害は、出身3行の論理を残したまま接続する設計の限界を示していた。佐藤康博が選んだのは、目先の手当てではなく、機能単位に組み替えた基盤へ全面的に乗せ替える道であった。延べ35万人月、4000億円台半ばという規模は、国内のIT技術者を長く拘束し、みずほの経営体力を年月にわたって縛る。それでも、積み残した課題を先送りし続ける危うさに比べれば、払うべき代償と映ったのだろう。
評価は、いまも定まっていない。19年越しの全面稼働は、発足のときに先送りした統合を技術のうえで決着させた。しかしその直後、MINORIは8回の障害の舞台となり、作り上げることが安定を約束しないと見せつける。2011年の障害が刷新の引き金を引いたのに対し、2021年の障害は真新しい基盤の上で起きた。巨大なIT投資は、完成そのものが目的になりやすく、動かし続ける難しさは稼働のあとに残る。統合の完了と運用の安定は別の課題である——みずほのMINORIは、それを4000億円台半ばという値札とともに残した一件として記憶される。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
三度の統合が残した、三つの勘定系
1999年8月、第一勧業・富士・日本興業の3行が統合を発表し、みずほは世界最大級の資産を抱える金融グループとして生まれた。公金と大衆預金を得意とする富士、産業金融の興銀、最大の店舗網を持つ勧銀——役割の異なる3行を束ねる代わりに、それぞれが使ってきた勘定系はそのまま残し、既存のシステムを相互につないで動かす設計を選んだ。どの基盤を主軸に据えるかという判断を先送りしたまま、みずほは走り出す[1]。
危うさは早くにあらわれた。統合直後の2002年4月、勘定系の切替に伴ってATMが止まり、二重の引き落としや口座振替の遅れが全国で連鎖する。既存のシステムを残したまま相互接続する方式が、想定した負荷に耐えられなかった。金融庁はただちに業務改善命令を出す。さらに2011年3月、東日本大震災の義援金が特定の口座に集中したのを機に二度目の障害が起き、みずほは再び命令を受けた。統合から10年を経ても継ぎ足しの基盤は同じ弱さを繰り返し、新しい勘定系の完成が経営の最優先の課題となった[2]。
決断
延命を捨て、4社への分割発注へ
二度目の障害のあと、みずほは継ぎ足しの延命に見切りをつけた。2011年6月に社長へ就いた佐藤康博は、既存の勘定系を接続して使い続ける路線を捨て、機能ごとにサービスを分けた新しい基盤を自前で作り直す道を選ぶ。2012年、預金や為替といった中核業務を富士通・日立製作所・日本IBM・NTTデータの4社へ分けて発注し、全面刷新に踏み切った。取りまとめ役の一次委託から下請けまで、参加したIT企業は約1000社に及ぶ。開発は延べ35万人月、費用にして4000億円台半ばに達し、国内のIT技術者のかなりを吸い上げる、前例のない規模の投資であった[3][4][5]。
二度の延期と「サグラダファミリア」
巨大な作りかえは、予定どおりには進まなかった。当初2016年に見込んだ完成は、設計とテストの積み増しで一度遅れ、追加開発が相次いだ末に二度目の延期に至る。2016年11月、みずほは同年12月に予定していた完成をさらに先送りし、運用開始の見込みを2018年夏以降とした。過去に二度の障害を起こした以上、万全を期すという判断が、慎重すぎるほどの検証を求めた。終わりの見えない工事は、いつしか「IT界のサグラダファミリア」と呼ばれる。総合テストを終えて開発が完了したのは、2017年の夏であった[6]。
結果
19年越しの全面稼働と、損益に刻まれた投資
移行は慎重に刻まれた。2018年6月から翌年にかけて勘定系の切替を9回に分け、2019年7月16日の朝、新基盤MINORIは全面稼働に至る。1999年の統合発表から19年余りを経て、出身3行の勘定系がひとつに束ねられた。この最終盤を率いたのは、2018年4月に佐藤の後を継いだ坂井辰史であった。投資を決めた社長と、稼働を見届けた社長は、すでに入れ替わっていた[7]。
投資の重さは、稼働の前から損益にあらわれていた。2019年3月期、みずほは勘定系システムだけで4600億円の減損を計上し、店舗の統廃合や有価証券の入れ替えを含む構造改革の損失は6954億円に達する。親会社株主純利益は965億円と、前の期から8割あまり減った。長い年月をかけて築いた資産を、みずほは稼働に先立って自ら書き下げた。安定もすぐには訪れない。稼働から1年半後の2021年2月から9月にかけ、みずほ銀行は顧客に影響する障害を8回起こし、金融庁と財務省から業務改善命令を受けた[8][9][10]。
- 日経クロステック(2019年7月16日)「みずほが20年越しで悲願達成、新システムがついに全面稼働」
- 日本経済新聞(2016年11月12日)「みずほ銀、システム統合再延期 動作テスト延長 運用18年以降」
- 日経クロステック(2019年7月26日)「検証みずほ統合、富士通・IBM・日立・NTTデータへの分割発注を決定」
- 日経クロステック(2019年9月4日)「みずほシステム統合の謎、総費用35万人月はスカイツリー何本分か」
- 日経クロステック(2019年9月6日)「みずほシステム統合の謎、参加ベンダー「約1000社」の衝撃」
- 日本経済新聞(2018年12月21日)「みずほのシステム移行、来年7月完了へ」
- 日本経済新聞(2019年3月7日)「みずほ、なぜ6800億円損失? 3つのポイント」
- 金融庁(2021年11月26日)「みずほ銀行及びみずほフィナンシャルグループに対する行政処分について」
- J-CASTニュース(2019年7月16日)「「IT界のサグラダファミリア」みずほのシステムついに「完成」 「スタッフロールとか出して賞賛したい」」
- みずほフィナンシャルグループ 有価証券報告書(2019年3月期)
- 日経コンピュータ 『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史』(日経BP, 2020)