光通信 クレイフィッシュ経営権争い ネットバブル期に膨らんだベンチャー投資と、その後始末に追われた経営の混乱
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何をなぜ決めたか
- 概要
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携帯電話小売の急成長で潤沢な資金と高い株価を得た光通信は、1999年3月にクレイフィッシュを子会社化し、翌2000年3月に東京証券取引所マザーズへ上場させた。ネットバブルが崩れると出資先の価値は急速に痩せ、2000年8月期には投資損失引当金103億円を計上している。
本業のHITSHOP架空契約問題と同じ時期に投資も行き詰まり、2001年3月、重田康光社長は私財100億円を拠出して収拾を図った。
- 背景
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光通信は携帯電話サービスの回線販売と端末販売で伸び、1999年1月に販売ショップ店舗数が全国1,000店へ達し、同年9月に東京証券取引所市場第一部へ上場した。その勢いのなかでインターネット関連へ資金を回し、1998年9月に本格化させたレンタルサーバービジネスの周辺で、クレイフィッシュには販売代理と資本の両面で関与した。子会社化は市場第一部上場より半年早い1999年3月にあたる。
- 内容
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2001年3月、重田康光社長はベンチャー投資の失敗を受けて私財100億円を拠出した。翌4月、クレイフィッシュでは監査役が全員辞意を表明し、光通信と創業者・松島庸氏の対立が表面化した。光通信は経営権を掌握し、松島庸氏は同年5月に社長の座を追われた。同社はその後も光通信の連結子会社として残り、2006年2月にe-まちタウン株式会社へ商号を変更して地域ポータルサイトの運営へ移った。2006年3月31日現在の議決権所有割合は75.7%である。
- 含意
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本業の不正と対外投資の失敗が同時に噴き出し、光通信は会社の損失と経営者個人の資産を混然とさせながら危機を抜けた。決算期を8月から3月へ変えた2002年3月期の当期純損失は161億円、総資産は1,699億円から翌期に1,221億円まで縮み、後始末は2005年3月期の投資有価証券評価損12億円・売却損16億円まで尾を引いた。この痛手は、のちに光通信がEarnings Yieldとハードルレートで律する規律ある純投資へ向かう反面教師になった。
いつ何が起きたか 10件
筆者の見解
熱狂の投資から、規律ある投資へ
この投資の失敗の核心は、本業で得た資金と高い株価を、明確な物差しのないままインターネット関連のベンチャーへ投じた点にある。市場が熱狂していた時期には、成長分野の会社へ出資すること自体が勢いの証しに見えた。だが利回りや価格の規律を欠いた投資は、バブルが崩れれば損失へ直結する。しかも光通信は、既に子会社としていた会社の創業者と経営権を争い、経営者個人の私財投入という後味の悪い代償まで背負った。投資の巧拙以前に、投じる基準を持たなかったことの代償だったといえる。
皮肉なことに、この痛手は光通信の後年の姿を逆から照らす。二度目の兆円企業へ育つ過程で光通信が掲げた純投資は、取得額に対する持分営業利益をEarnings Yieldとして測り、守るべき利回りの下限をハードルレートとして置く、規律ずくめの投資である。値上がりや勢いに乗る投資ではなく、割安な優良企業を長く持つ投資へ。クレイフィッシュで味わった熱狂の投資の失敗があればこそ、規律の重みが身に染みたとみることもできる。同じ会社の二つの投資は、基準の有無がどれほど結果を分けるかを、20年をまたいで示している。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
業績の推移
クレイフィッシュへの出資と、ベンチャー投資の後始末
クレイフィッシュへの出資と、ベンチャー投資の後始末
| 科目 | 概要 | 備考 |
|---|---|---|
| 出資先 | ㈱クレイフィッシュ | 2006年2月にe-まちタウン株式会社へ商号を変更した |
| 子会社化の時期 | 1999年3月 | 光通信株式が東京証券取引所市場第一部へ上場する半年前にあたる |
| 出資先の上場 | 2000年3月 | 東京証券取引所マザーズ。証券コードは4747で、有価証券報告書を提出した |
| 議決権の所有割合 | 75.7% | 2006年3月31日現在。うち間接所有が5.3%。2010年3月31日現在は74.4% |
| 出資先の資本金 | 1,410百万円 | 2006年3月31日現在。光通信の法人事業セグメントに属した |
| 関係会社株式の帳簿価額 | 428百万円 | 2006年3月31日現在の光通信単体。関係会社株式の合計は11,265百万円 |
| 出資先の決算日 | 9月末日 | 連結にあたっては3月末日での仮決算に基づく財務諸表を使った |
| 商号の変更 | e-まちタウン株式会社 | 2006年2月。地域ポータルサイト「e-まちタウン」の運営へ移った |
| 投資損失引当金の残高 | 590百万円 | 2005年3月期末の連結。ベンチャー投資全体。2006年3月期末は残高がない |
| 投資有価証券評価損 | 1,201百万円 | 2005年3月期の連結の特別損失。2006年3月期は65百万円まで縮んだ |
| 投資有価証券売却損 | 1,583百万円 | 2005年3月期の連結の特別損失。2006年3月期は4百万円まで縮んだ |
出所:光通信 有価証券報告書 第19期(2006年3月期)【沿革】【関係会社の状況】【主要な資産及び負債の内容】・連結財務諸表。議決権比率の推移は第23期(2010年3月期)【関係会社の状況】
純資産額と総資産額の推移
光通信:純資産額と総資産額の推移
| (百万円) | 売上高 | 当期純損益 | 純資産額 | 総資産額 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2002年3月期 | 71,058 | △16,115 | 55,846 | 169,937 | 決算期変更により2001年9月から2002年3月までの7ヶ月間 |
| 2003年3月期 | 124,105 | △7,922 | 53,028 | 122,078 | 2期続けての当期純損失。総資産は1年で478億円縮んだ |
| 2004年3月期 | 145,995 | 10,626 | 71,748 | 101,068 | 当期純利益が黒字へ復帰し、自己資本比率は71.0%になった |
| 2005年3月期 | 171,009 | 19,466 | 88,530 | 147,005 | |
| 2006年3月期 | 192,837 | 20,569 | 116,424 | 183,612 |
出所:光通信 有価証券報告書 第19期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】
同じ問いに直面した会社
参考文献
- 日経ビジネス 2001年3月5日号 時流超流(日経BP社)
- 日経ビジネス 2001年4月23日号 時流超流(日経BP社)
- 日経ビジネス 2001年5月28日号 第2特集(日経BP社)
- 日経ビジネス 2001年5月28日号(日経BP社)
- 光通信 有価証券報告書(2000年8月期)
- 光通信 有価証券報告書「第19期(2006年3月期)【沿革】【関係会社の状況】【主要な資産及び負債の内容】」
- 光通信 有価証券報告書「第19期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】連結貸借対照表・連結損益計算書」
- 光通信 有価証券報告書「第23期(2010年3月期)【関係会社の状況】」