クボタインド農機大手エスコーツへの最大約1,406億円の出資と子会社化

自社製品で浸透を待つのか、現地大手を買うのか——14年シェアを取れなかった世界最大市場での選択

時期 2021年11月
意思決定者(推定) 北尾裕一 社長
論点 インド市場の攻略手法と過去最大の買収
概要
2021年11月18日、クボタがインドのトラクタメーカー Escorts Limited への出資比率引き上げに合意し、第三者割当増資の引き受けと株式公開買付けで合計最大約1,406億円を投じて所有割合を最大53.50%へ高めた経営判断。北尾裕一社長の下で決めたクボタ最大の買収で、子会社化は2022年4月に完了した。
背景
台数ベースで世界最大のインドのトラクタ市場で、2008年の参入から3年たっても年間販売は約500台にとどまった。2020年でも約1万5,300台・シェア2%弱で、現地首位マヒンドラの45馬力機が約83万円からに対しクボタの同類品は約107万円からと3割近く高かった。
内容
2019年に合弁の製造会社、2020年に約160億円の出資、同年9月に年産約5万台の合弁工場と段階を踏んだうえで、出資比率の引き上げに踏み込んだ。機能を絞って価格を抑えつつ耐久性の高い「ベーシックトラクタ」の開発・生産ノウハウを取り込むことが狙いで、Nikhil Nanda 会長兼社長は留任した。
含意
2024年9月にはインドの3社を統合してエスコーツクボタ1社に集約した。クボタはインドを東欧・アフリカ・南米などへの輸出ハブにする構想を掲げ、北尾社長は2025年にシェア7%、最終的に10%程度を目標に挙げた。2007年のタタグループとの合弁の失敗が、社内の慎重論として長く残っていた。
筆者の見解

自前でやる時間を買った額

参入から3年で年間約500台、12年後の2020年でも約1万5,300台でシェア2%弱。マヒンドラの45馬力機が約83万円からに対し、クボタの同類品は約107万円から。この差は品質でも販売網でもなく、機能を絞って価格を抑える設計そのものの差であった。クボタが選んだのは、自社の小型高品質路線を作り替えることではなく、ベーシックトラクタを作れる会社を買って価格帯ごと手に入れる道である。過去最大の約1,406億円は、自前でやる時間を買った額だとみることができる。

ただ、この判断はインドで歓迎された記憶の上にはなかった。2007年に鉄管事業でタタグループと組んだ合弁は失敗に終わり、買収を主導した幹部も、社内にはインドを慎重に進めるべきだという意見がかなり多かったと振り返っている。買った後も、3社に分かれていた現地法人を1社にまとめるのに2024年9月までかかった。2025年にシェア7%という目標に届いたかどうかは本稿の時点で確かめられず、インドを新興国向けの輸出ハブにする構想の成否も、これからの台数が答えるとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

14年取れなかった世界最大の市場

クボタがインドに販売会社を置いたのは2008年で、翌2009年から本格的に売り始めた。台数で世界最大のトラクタ市場を前に、機械海外本部長の飯田聡氏はまず数年で1万台をと語っていた。ところが3年たっても年間販売は約500台にとどまった。インドのトラクタ市場は現地メーカーが8割強を握り、首位は財閥系のマヒンドラ&マヒンドラである。クボタが持ち込めたのは水田用の小型軽量タイプ3種類で、価格は現地製の3割増しであった[1][2]

誤算は製品より前提にあった。2009年に初めてデリー空港に降りた林繁雄氏は、空港内を大量のトラクタが荷物を運んで走る光景に声を上げている。市内への道でも、牽引する運搬台車の上に10人以上がすし詰めで座っていた。農村部の約8億人のうち農機を買える富裕層はごく一握りで、土地を持たない貧困層が2億人近く、その低賃金労働があるかぎり省力化の利点が売り文句にならない。州ごとに言語も違い、隣の州で営業するだけでも通訳が必要であった[3][4]

タイの成功が通じなかった価格帯

クボタの戦法は、国ごとに旗艦製品を育てて特定分野でトップシェアを取り、そこからブランドを浸透させることであった。タイでは水田用トラクター、北米では富裕層向けのガーデニング用、中国ではコンバインがそれに当たる。10年前にほとんどなかったタイのトラクタ市場は年間4万台強に育ち、クボタの販売台数も年間1,000台弱から3万台超へ伸びた。益本康男社長はタイの最初の進出が30年前だと述べ、インドでも最後に笑うと語っていた[5]

時間をかけても、価格の差は縮まらなかった。2020年のインドでのトラクタ販売台数は約1万5,300台と前年比19%増えたが、シェアは2%弱にとどまる。首位マヒンドラの45馬力機が約83万円からに対し、クボタの同類品は約107万円からで3割近く高かった。北尾裕一社長は、これまではタイで生産した農機をインドで販売してきたが、それでは利益が取れないと語っている。高品質・高価格という自社の型が、そのままでは通らない市場であった[6][7]

決断

合弁から出資比率の引き上げへ

買収は一足飛びではなかった。2019年に合弁で製造会社 Escorts Kubota India を設立し、2020年には約160億円を投じてエスコーツ株の9.09%を取得する。同年9月には年産約5万台の合弁工場を立ち上げ、MUシリーズのインド向け生産をタイから移した。2020年末には、エスコーツからOEM供給を受けて価格を従来品の約半分に抑えた新興国向けブランド「E-クボタ」を立ち上げている。ベーシックトラクタの開発と生産のノウハウを持つ相手との連携を、段階を追って深めていた[8][9]

2021年11月18日、クボタはエスコーツへの出資比率引き上げに合意した。第三者割当増資の引き受けで9,363,726株を約281億円、株式公開買付けで発行済株式数の26.00%を上限に最大37,491,556株を約1,125億円、合計で最大約1,406億円を投じる内容である。取得後の所有割合は最大53.50%となり、クボタとして過去最大の買収となった。適時開示は、両社の強みを活かした連携を強化して双方のリソースを有効活用することが最善と判断したと記している[10][11]

ベーシックトラクタごと手に入れる

適時開示が説明した市場の姿は、クボタの得意な水田用の小型機とは別のものであった。インドではトラクタが農作業のほかに荷物の運搬などで通年使われるため、機能を絞って価格を抑えながら耐久性が高い「ベーシックトラクタ」が主流の独特な市場ができている。クボタは研究開発と調達・製造でエスコーツのノウハウと自社の製品開発・品質・生産性のノウハウを融合し、求めやすく品質の良いベーシックトラクタを供給するとした。コンバインや建設機械でも同様の製品づくりを検討するとしている[12]

買っても、現地の経営はそのまま残した。創業一族の Nikhil Nanda 会長兼社長は取引完了後も引き続き会長兼社長を務め、あわせてクボタの専務執行役員ベーシック機械統括部長に就き、Nanda 家が保有する株式数も変わらない。もっとも社内の受け止めは一様ではなかった。クボタは2007年に鉄管事業でタタグループと合弁会社を設立して失敗しており、買収を主導した機械事業の幹部は、インドはかなり慎重にいかなければという意見がかなり多かったと振り返っている[13][14]

結果

3社の集約と、輸出ハブという構想

子会社化は2022年4月に完了した。エスコーツを連結に取り込んだ2022年12月期の売上高は2兆6,769億円、営業利益は2,144億円、従業員数は5万352人である。現地の会社を一つにまとめるにはさらに時間がかかり、2024年8月22日、クボタは2008年設立の販売会社クボタインド農業機械と2019年設立のエスコーツクボタインドを、9月1日付でエスコーツクボタに吸収合併させると発表した。3社に分散していた経営資源を共有してコストを下げる狙いであった[15][16]

インドに与えた役目は、インド市場だけではなかった。クボタは東欧やアフリカ、南米などトラクタ需要の増加が見込める地域に向けて、インドを新興国向けの輸出ハブにする構想を掲げていた。2021年2月に発表した5カ年の中期経営計画は、最終年の2025年12月期に売上高2兆3,000億円・営業利益3,000億円を目標に置いた。北尾社長はインドでのシェアを2025年に7%、最終的には10%程度まで引き上げたいとの考えを示している[17][18]

出典・参考

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