米田健三

クボタ・元取締役社長

Yoneda Kenzo(敬称略)

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社長就任 1967年
生年月日 —
学歴 東京帝国大学工学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

1904年に広島県で生まれ、1928年3月に東京帝国大学工学部を出て同年6月に久保田鉄工所へ入社した。入社から18年後の1946年6月に取締役、1960年12月に専務取締役へ進んでいる。1966年12月には取締役副社長として技術本部長と営業本部長を兼ね、技術と営業の両方を預かった。前任の小田原大造氏も広島県の出だが、そちらは商業学校を出た事務畑であり、米田氏は帝国大学工学部を出た技術者である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1967年12月に取締役社長へ就任した。同じ月に前任の小田原大造氏は取締役会長へ回り、1950年5月から会長だった久保田藤造氏も取締役相談役へ退いて、経営陣が入れ替わっている。小田原氏は1960年11月から大阪商工会議所会頭を兼ねていた。米田氏は前年の1966年12月に取締役副社長となって技術本部長と営業本部長を兼ねており、1年の副社長を挟んだ引き継ぎだった。

在任中の主な施策
施策

1969年5月に田植機とバインダーの量産体制を構築し、耕うん機とトラクタに続く品目を農業機械に加えた。売上高は就任前の1967年4月期の911億円から、1971年4月期には2,089億円へ伸び、4年で2.3倍になっている。経常利益も同じ期間に60億円から157億円へ増えた。1971年6月に広慶太郎氏へ社長を渡している。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1946〜1971年
在任中の業績
就任前(FY66)911億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
米田健三の経歴

米田健三の経歴社長就任に至るキャリア。就任年は有価証券報告書などの開示情報に基づく

参考文献 1件

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