シンプレクスの歴史

Last Updated: | Author: @yusugiura
歴史概要
証券会社向けのITシステム受託開発(FX取引など)が主力。2013年に経営再建のためのMBOを実施して上場廃止へ
1997
東京都港区にて「株式会社シンプレクス・リスク・マネジメント」を設立
ソロモンブラザーズアジア証券に勤務していた金子秀樹氏と三上芳宏氏により設立された。創業当初は大手証券会社向けに、ソロモンで使用したような証券システムを納品していたという。’
2002
金子英樹が社長就任
なお、2000年時点におけるシンプレクスの代表取締役社長は三上芳宏氏であり、金子英樹氏がシンプレクスの代表取締役社長に就任したのは2002年からである。交代の経緯は不明だが、一般的にシンプレクスの創業者は「金子英樹氏」とされる。
2002
ジャスダックに株式上場
2002
新卒採用を開始
優秀な人材を確保するために、新卒採用を本格化させた。なお、新卒採用開始から7年が経過した2007年3月期における給与データは、従業員数160名に対して平均年齢31.8歳、年間平均給与792万円であった。
2003
日興コーディアル証券から個人向け売買システムを受注
創業以来、シンプレクスは証券会社向けの業務システムとしてディーリングシステムの開発が主力事業であったが、2003年に日興コーディアル証券から個人向けの売買システムを受注。インターネットを活用した個人による金融商品取引が拡大するする中で、シンプレクスは個人取引における実績作りに成功する。
2005
東京証券取引所1部に株式上場
2006
松井証券に個人向けネット証券システムを納品
かねてより取引のあった松井証券から、ネット証券システムを受注。従来の取引システムは、デイトレード限定であったが、夜間先物取引や無期限信用取引など、新機能を開発している。なお、2006年3月期における松井証券向けの販売実績金額は5.3億円であり、当時のシンプレクスの売上高の約10%に相当した。
2010
大量採用を開始
新卒を中心とした大量採用を開始。2009年3月末時点の従業員数は301名に対し、2012年3月末には609名へと大幅に増加した。
2011
大幅減益
2011年3月期のシンプレクスの純利益は前年度から13億円マイナスの2億円を計上し、大幅な減益決算を発表した。リーマンショックによって証券会社向けのシステムのリピート受注の失敗や、ネット取引むけでは競争の激化が影響し、以前のように高単価での受注が難しくなったことが原因であった。加えて、大量採用による人件費の増加も、収益性悪化の一因となった。
2013
カーライルによるMBO(上場廃止)
経営再建のためにMBOによる上場廃止を決定。カーライルとK&CM(刈田・アンド・カンパニー)により設立された持株会社を主体に、シンプレクスは非上場化され経営再建をスタートさせる。
2018
最終赤字に転落(当期純損失14億円)
2013年のMBOにより、シンプレクスは「コンサルティングセールス」「ライブラリ充実」「海外展開」「FX取引システムにおけるシェア拡大」を掲げるものの、2010年代を通じて慢性的な赤字から脱却できなかった。この結果、2018年3月期に最終赤字に転落(2002年の上場以來初の最終赤字)した。