売上
KDDI:売上高
■単体 | ■連結 (単位:億円)
57,540億円
売上高:2024/3
利益
KDDI:売上高_当期純利益率
○単体 | ○連結 (単位:%)
12.8%
利益率:2024/3
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1984
6月

第二電電企画株式会社を設立

電電公社の民営化

1980年代を通じて日本政府は「電電公社の民営化」を検討し、通信事業に関して国内の独占体制を認めない方向性を表明した。このため、電話などの通信事業において、民間企業が参入する余地が生じ、電電公社(民営化後はNTTとして運営)の独占を打破する風潮が、国内の財界を中心に強まった。

京セラなどの大手企業の出資で「第二電電企画」を設立

民営化の風潮のもとで、通信領域での新規参入を名乗り出たのが、京セラ(稲森和夫氏・当時社長)であった。京セラは電話端末を製造しており、民営化の動向を注視しており、通信事業への参入を決めた。

ただし、通信事業には1000億円規模の資金が必要であり、リスクをも伴うことから、京セラの子会社として運営するのではなく、大手企業の寄り合い出資による経営を志向した。

1984年に第二電電企画を設立。筆頭株主は京セラ(28%出資)であり、そのほかにセコム、ウシオ電機、三菱商事、ソニーなど大手企業が出資する形で設立された。資本金は16億円であり、京セラとしての投資額は約4.5億円であったと推定される。

光ファイバーケーブルによる電話サービス

第二電電企画では、東京・大阪・京都・神戸を光ファイバーによる電話線を敷設して、低価格による電話通信サービスの提供を企画した。

1985年
4月
日本政府が電気通信事業法を施行
1985年
4月
商号を「第二電電株式会社」に変更
1986年
10月
サービス提供を開始
1987
6月

全国にセルラー子会社を新設・携帯電話に参入

当時は珍しかった移動体電話及び自動車電話(のちの携帯電話)に参入するため、全国各地にセルラー子会社を設立。1993年時点で国内シェア2位(21%)を確保したが、トップはNTTであった。

1987年
12月
関西・九州・中国地方にセルラー子会社を新設
1988年
12月
東北・北陸・北海道にセルラー子会社を新設
1989年
12月
四国にセルラー子会社を新設
1993年
4月
自動車電話・携帯電話でシェア2位確保
国内シェア 21 %
1993
4月

日本イリジウム株式会社を設立

1990年に米モトローラ社は衛星携帯電話(国際利用可能)を実現するための「イリジウム計画」を公表。47億ドルを投資して、全世界で衛星携帯電話を普及させる計画を策定した。実現のためには、衛星の打ち上げが必要なことで、莫大なコストを伴う計画であった。1997年5月にモトローラは人工衛星を打ち上げ、サービス開始の準備を整えた。

そこでDDIは「イリジウム計画」に参画することを決定し、1993年に子会社「日本イリジウム」を設立した。同社への出資比率は、KDDIが58%、京セラ10%、ウシオ電機5%、セコム5%、三井物産5%、ソニー5%などであった。

ところが、利用料金が高額(月額基本料金50ドル)であったこと、端末の小型化が困難であったこと、そして一般的な携帯電話の普及によりイリジウム優位性は存在せず、結果として加入者獲得に苦戦した。2000年までにモトローラ社によるイリジウム計画は頓挫。KDDIの子会社であった日本イリジウムは事業停止となり、2005年1月に負債総額106億円で倒産した。

イリジウム計画の頓挫により、DDIは2000年3月期に特別損失として「イリジウムイリジウム事業整理損」を374億円計上した。

1990年
6月
米モトローラ社がイリジウム計画を公表
モトローラ社による投資予定額 47 億ドル
1993年
11月
日本イリジウムを設立
DDIの出資比率 58 %
1998年
11月
日本イリジウムの営業を開始
2000年
3月
日本イリジウムで事業廃止(撤退)
イリジウム事業整理損(FY1999) 374 億円
2000年
3月
日本イリジウムが自己破産を申請
自己破産申請時の負債総額 101 億円
1993
東京証券取引所第2部に株式上場
1994
ディーディーアイ事業を開始
2000
10月

DDI・KDD・IDOが合併(KDDI・auの発足)

競合のNTTドコモがiモードを発表

1999年2月にNTTドコモがiモードのサービス提供を開始するとともに、翌月には自動車電話のサービス提供を終了。携帯電話の実現に必要なコストが低下したことで、iモードを中心として、携帯電話が爆発的に普及するフェーズに突入した。

携帯電話の普及には、基地局への設備投資が必要であり、通信業者にとっては重い投資負担であった。このため、潤沢な資本を持つNTTドコモによる携帯電話の本格展開は、競合の携帯電話会社にとって脅威であった。

3社合併でKDDIを発足・ドコモに対抗

ドコモに対抗するために、NTT系以外の通信各社は単独での存続を諦め、合併による大綱を決定。2000年10月にDDIは、競合であったKDD(国際電信電話と日本高速通信が1997年に合併して発足)およびIDO(トヨタなどが出資)と合併し、2001年には商号をKDDIに変更した。

合併時点で、DDIは売上高約1.2兆円(従業員数約3000名)、KDDは売上高約4000億円(従業員数約5000名)、IDOは売上高約4000億円(従業員数約1000名)であった。

合併により、KDDIは売上高2兆円規模を確保し、携帯電話業界においてNTTドコモに次ぐ業界2位の企業となった。

auブランドの採用

KDDIにおいて、携帯電話のブランドとしては「au」を採用し、ドコモのiモードに企業連合で立ち向かう道を選択した。

1999年
2月
競合のNTTドコモがiモードのサービス提供を開始
2000年
10月
DDI・KDD・IDOが合併
2000年
11月
セルラー7社合併・株式会社エーユーを発足
2001年
4月
商号をKDDI株式会社に変更
2002年
2月
auでカスタマーサービス本部を新設
2002
3月

CDMA方式にサービスを一本化・PDC設備を除却

CDMAへの積極投資・携帯電話のデータ通信に対応

2001年度にKDDIはauにおけるサービスを「CDMA」方式に統一することを決め、PDC設備の破棄を決定した。

KDDIとしては、携帯電話のうち通信速度が早いCDMAに特化し、この領域で基地局などの設備投資を遂行する狙いがあった。すなわち、通信インフラ全般への投資を撤回し、携帯電話のインフラ投資に注力する道を鮮明にした。

不動産証券化による財務規律の維持

通信規格への投資方針の転換となるため、数百億円規模の損失が予想された。このため、KDDIは資産売却(新宿本社ビルの証券化)により1,448億円の特別利益を計上し、特別損失を相殺した。

設備投資の継続

2000年代前半を通じてKDDIは基地局への投資を推進。年間2000〜3000億円の設備投資を実施し、NTTドコモに追随した。

2002
12月

音楽ダウンロードサービス「着うた」を開始

着うたのサービス開始

2002年12月にKDDIは専用の携帯電話サイトから音楽を有料でダウンロードできるサービス「着うた」の提供を開始した。背景は、3Gのインフラ整備により、音声コンテンツをダウンロードできる環境が整った点にあった。

携帯電話の音質の観点からメロディーだけを30秒間にわたって再生でき、1曲あたりの単価は80〜100円(通信料を含めると+100円前後)に設定した。主なニーズは電話着信音や、目覚ましによる利用であった。このため、KDDIは着うたの提供によって、端末契約数の増加、通信回線利用料の増加などの相乗効果が見込めた。

共同会社レーベルモバイルを設立

サービス開始時点で、安室奈美恵、平井堅などのアーティストの楽曲を提供。人気楽曲を提供するために、SMEなどの大手レコード会社5社(SME・エイベックス・ビクター・東芝EMI・ユニバーサルミュージック・KDDI)が20%ずつ均等出資して「レーベルモバイル」を2001年に設立(のちに商号をレコチョクに変更)。楽曲の利権関係を整理し、2003年9月までに5,000曲の配信体制を整えた。

また、ハードウェアの面では、音声ダウンロードが可能なインフラ設備(3G)に加えて、携帯端末メーカーとの協力が不可欠であった。KDDIは3Gによる配信でダウンロードスピードを担保しつつ、日立やカシオなどの端末メーカーにいは着うた対応機種の開発を要請した。

着うたの爆発的ヒット

携帯電話で手軽に人気楽曲のメロディーが聴けるサービスとして人気を集め、2003年8月時点の楽曲ダウンロード数は700万件に達した。KDDIは楽曲ダウンロードに必要な通信による収益を、相応に確保したと推定される。

顧客にとって「着うた」はKDDIを新規契約する1つの理由となり、2003年度においてKDDIは「au」の契約純増数で、ドコモを抑えて国内トップに躍り出る1つの要因となった。

証言
小野寺正(KDDI・当時代表取締役社長)

そもそもコンテンツの開発は「餅は餅屋」なので、我々が全て自社で開発するのは不可能に近いわけです。着うたの成功は、コンテンツ事業者の皆さんに喜んで開発してもらえる環境づくりが功奏したと思います。

開発過程で問題になったのは、大容量データを運ぶ仕組みと料金設定でした。幸いなことに1xを始めたばかりで、お客さんに不満がない速度でダウンロードできそうだし、料金も割引サービスを使えば1曲あたり70〜80円程度で済む。データを携帯電話の外に持ち出せない仕組みなので、DRM(デジタル権利管理)の環境もある。こうして、誰もが利益を得られる環境を作ったのが大きかったんでしょう。

2004-05-10 日経ビジネス:編集長インタビュー

2001年
7月
KDDIと音楽レーベルの共同出資会社「レーベルモバイル」を設立
2002年
12月
「着うた」のサービス提供を開始
2004年
11月
「着うたフル」のサービス提供を開始
2006年
1月
「LISMO」のサービス提供を開始
2009年
2月
レーベルモバイルが商号を「レコチョク」に変更
2004
3月

auの年間契約純増数で国内1位(シェア+2%)

2003年度にKDDIは携帯電話サービス「au」において、年間契約純増数でNTTドコモを抑えて国内トップを達成した。3Gインフラを前提とした「着うた」のヒットなどにより、契約数が増加した。

ただし、携帯電話のシェア(契約数の累積知)においては依然としてNTTドコモがトップであり、KDDIは2番手であった。純増数トップシェアを確保したが、累積シェアへの貢献は+2%に留まり、依然として厳しいシェア競争が続いた。

証言
小野寺正(KDDI・当時代表取締役社長)

うちが昨年度の純増シェアで49%を取りましたけど、累積シェアは約2%しか変わっていません。だから容易じゃないですよ。今まで我々が弱かったのも事実ですが、1社が50%以上のシェアを持っている市場は日本と韓国くらいです。auは確かに伸びていますけれど、やはり今までの日本市場が、どこかおかしかったんでしょうね。

2004-05-10 日経ビジネス:編集長インタビュー
2005
東京電力グループと包括提携を締結
2010
JCOMへ資本参加
2012
iPhone5の販売取扱を開始
2013
3月

周波数再編・旧800MHz設備の休止

利用休止となった旧800Mhzの設備について特別損失の計上を決定。 設備の減損として805億円、固定資産の除却費用として227億円をそれぞれ計上し、累計1032億円の特別損失を800MHz関連で計上した。

2012年
7月
「CDMA 1X」「CDMA 1X WIN」のサービス終了
2013年
3月
周波数再編・旧800MHz設備の休止
累計特別損失(800MHZ関連) 1032 億円
2014
7月

ミャンマー国営郵便・MPTと協業

ミャンマーにおけるSMIカードの販売を開始。販売網を確保するために現地機関と提携した。販売開始から7ヶ月で800万枚のSIMカードを配布

2016
4月

au経済圏の最大化を戦略目標に設定

携帯電話ビジネスの独占崩壊

2010年代を通じてソフトバンクがiPhoneの取り扱いを開始したことにより、従来式の携帯電話に最適化したKDDIやドコモは戦略転換を余儀なくされた。

それまでは、端末・決済(キャリア決済)・通信費用(月額徴収)といった重要機能をKDDIなどの携帯電話会社が掌握していたが、iPhoneなどのスマートフォンの普及により「端末・決済」という収益源を手放す可能性が濃厚になったことを意味した。このため、KDDIとしては、通信によるサービス提供を継続しつつも、他の収益源を確保することが喫緊の課題となった。

au経済圏による手数料収入の確保

2015年ごろからKDDIは、携帯電話に限らない事業展開を志向し、金融・保険などの付帯サービスへの進出を志向。2016年には中期経営計画において「au経済圏の最大化」を戦略目標として公表した。

KDDIはこれまで培ってきた会員基盤を活用し、サービス提供企業に対する「送客」の役割を担うことで、手数料収入を確保することを目論んだ。

2014年
5月
「au WALLET」のサービス提供を開始(ポイント付与)
2015年
4月
ライフネット生命と資本業務提携を締結
2016年
4月
「auでんき」のサービス提供を開始
2016年
4月
「auのほけん・ローン」のサービス提供を開始
2016年
5月
中期経営計画を公表・au経済圏の最大化を明記
2016年
8月
「au STAR」のサービス提供を開始(会員サービス)
2019
金融事業を本格展開(銀行・決済・証券)
2024
ローソンへのTOBを実施
2025 (c) Yutaka Sugiura