2013年に宮下尚之氏は、株式会社トライフを通じて、新卒採用におけるメディア「ONE CAREER」の運営を開始した。有価証券報告書の沿革上では、この2013年がワンキャリアの開始年とされる。
ワンキャリアの前身である「株式会社トライフ」の創業年は不明であるが、2010年にはすでに存在しており、関西(大阪大学・京都大学・神戸大学など)において就活イベントの企画などを行なっていたという。
ただし、トライフの経営は順調というわけではなく、宮下尚之氏は、新卒入社したマースジャパンリミテッドを退社し、トライフの経営再建に専念するほどであった。このため、創業期のトライフは、宮下氏を含めた2名で会社を切り盛りしていたらしい。
ワンキャリアが「就活のクチコミサイト」としての特色が明確になったのは、2014年ごろからと思われる。2014年の時点で宮下氏は、食べログのように、就職活動でもクチコミが重視される時代が到来することを予見した。
しかし、就活のクチコミは「企業に対するクチコミ」を意味しており、企業からのクレームも予想されたことから、ワンキャリアの構想に反対する意見もあったという。この中で、宮下氏は就職活動にも「透明性」が求められる時代が到来することを考え「クチコミ」という軸をブラさなかった。
2015年に宮下尚之氏は、株式会社ワンキャリアを設立し、株式会社トライフで行っていた「ONE CAREER」のサービスを譲受。キャリアデータを軸に、web事業に集中投資する方針を決めた。
データを軸にしたビジネスの着想について、宮下氏の大学時代の知り合いである佐藤裕介氏(hey代表取締役)の後押しもあったという。佐藤氏は、のちにワンキャリアの株式を7000万円で一部取得し、大株主となった。
組織面では採用を積極化し、2016年3月末時点で従業員数は8名となった。また、2014年から2015年にかけて、長澤有鉱氏(ワンキャリア・取締役副社長)、北野唯我氏(ワンキャリア・取締役)といった人物がワンキャリアに参画している。
なお、ワンキャリアの設立に伴って、トライフで行っていたイベント企画などの事業を縮小している。2019年に株式会社トライフ(東京都渋谷区道玄坂2丁目10番7号新大宗ビル1号館10階=ワンキャリアと同じ所在地)は清算の結了により、法人消滅した。
データ活用について、私見を述べると、(1)APIの設計、(2)個人IDの取得、という2つが重要になる。
(1)に関しては、データ構造におけるインターフェイスの策定が鍵を握る。データ活用では、keyに対して統計上の連続性が必要であり、それを異なるサービス間で規律を持って維持させるためにAPIが重要になる。APIを厳格に取り決めることで、初めてデータの横断的な活用が可能になるためである。
(2)に関しては、個人情報の紐付けを意味する。そもそも各サービスにおける識別子は「共有されない」ことが当たり前であるため、同一の個人であることを識別できるかが、データ活用における主体の特定につながる。ここは個人情報の利用など、非常に難しい課題が多いが、ワンキャリアは「新卒」という誰もが識別子を登録する「個人情報の入口」に位置するという意味で、良いポジションにあると言える。
2015年の時点で、HR分野におけるデータの活用に課題を持っていた宮下氏は、時代に先駆けていたと評価されるべきであろう。営業で泥臭い現場が重視されるHR分野で、テックの可能性に注目した点で特異であった。
2015年時点でスマホが大学生の間で普及しつつあり、宮下氏はスマホ対応の重要性を認識していた。このため、ワンキャリアの展開にあたって、スマホにおける機能開発・UX/UIを重視したと推察される。
2013年ごろから宮下氏は、グッドパッチの創業者である土屋氏と面識があったこともあり、UX/UIではグッドパッチがワンキャリアのサービス開発に寄与した。
当時のワンキャリアのシステム開発は、受託会社の活用ないし業務委託が主軸であり、デザインについても外部企業を活用する道を選択した。
また、SNSでシェアされることを前提としたメディア運営による認知度の向上を図ったと推察される。当時の就職活動メディアにおいて、SNSでのシェアを前提としたサービスは少なく、同業他社と比べてワンキャリアが台頭する一つの要因になった。
ワンキャリアは設立2年目の2017年3月期決算で、売上高2.9億円に対して、経常利益1.2億円を計上し、非上場企業ながらも好決算となった。
背景には、ワンキャリアがwebメディアとして、SNSを通じて学生の集客を順調に行なったことがある。2016年を通じてワンキャリアはメディア記事の量産を重視し、外部からの寄稿者を中心に認知を拡大した。影響力のあった記事としては、下記が挙げられる。
『【企業別合コン男子マップつき】一般職女子ってどんな生活してるの?「年収は総合職より上」「合コンは週1回」赤裸々な実態』
『「ゴールドマン・サックスを選ぶ理由が、僕には見当たらなかった」トップの就活生が今、外銀・外コンを蹴り商社へ行く3つの理由』
この時期は、オウンドメディアが流行していた(=GoogleでのSEO対策が容易であった)ことも追い風となり、結果として学生における、ワンキャリアというサービスの認知度が高まったと思われる。
なお、ビジネス面におけるワンキャリアの顧客は、新卒採用を積極的に行う日本の大企業であり、提供されるサービスは「ワンキャリアへの広告出稿など」と推察される。
ワンキャリアという媒体の中で、顧客企業が「会社情報」や「求人情報」を掲載する対価として、ワンキャリアは売上を計上する。2020年の時点でワンキャリアは日本たばこ(JT)は売掛金残高1143万円があることを公表しており、大企業に対する「直接取引」による売り上げが、ビジネスの支柱と言える。
2017年当時のワンキャリアのマネタイズ方法は不明であるが、個人的な推察は下記の通りである。
web媒体としてのワンキャリアにおける、広告枠の販売が主力で、顧客は就活生を集客したい企業側だろう。この時、単価が下がりがちなSSPなどの自動入札方式はなく、ワンキャリアによる顧客への直接営業による相対取引によって、比較的高単価な広告を獲得し、結果として利益率40%台を確保したのではないかと思う。
顧客企業としても、出稿先の媒体のPVが単に多いことも重要だが、優秀な学生にとって認知度が高い媒体は、広告を出す強い理由になる。
また、メールによる学生への企業情報の通知も、収益源だったと推察される。
リアルな営業に注力したことが、ワンキャリアが2期目に高収益を達成できた大きな要因かもしれない。
2018年に田中晋太郎氏がエンジニアの正社員として入社し、ワンキャリアはプロダクト開発の内製化を開始した。それまでのワンキャリアでは、ディレクション業務のみ自社で担っており、開発を外部企業(ソニックガーデン)や業務委託のフリーランスに任せていたため、開発に関するドメイン知識が社内に蓄積されないという問題を抱えていた。
2019年を通じてSESによるエンジニアの確保を目論んだものの、定着率が悪く、結果としてドメイン知識の定着という目的を果たせなかった。2019年にはデザイナー3名が退職するなど、プロダクト開発の体制が危ぶまれた。
そこで、正社員によってプロダクト開発を進める体制に転換。2020年4月には新卒エンジニア(宮川氏)の採用に成功し、2020年8月にはリファラル採用でエンジニアリングマネージャー(岩本氏)の採用した。正社員によるエンジニア組織を作れるまでに人員が拡大し、自社開発での比重を高めていったと推察される。
ワンキャリアはサービス開始当初から、Ruby on Railsを使用していたと思われる。2019年に良さげなエンジニアを正社員として採用できたのも、Ruby on Railsというwebにおける汎用的なフレームワークを活用していた恩恵かもしれない。仮に、Spring BootやFuel PHPを選定していたら、エンジニア採用の難易度がさらに高まる(=エンジニアが避ける)ことは間違いなく、受託会社によるRuby on Railsという技術選定はGoodだったと言える。
とはいえ、エンジニアの採用は、なかなか難しい。内製化に銀の弾丸はなく、3〜5年をかけて開発組織を充実させていくしかない。
ワンキャリアは、資金調達を銀行からの借入によって実施しており、東証マザーズに株式を上場するまで、投資家に対する第三者割当増資を行うことはなかった。
ワンキャリアにおける資本移動は、創業者である宮下氏が、ワンキャリアの株式を一部売却することで行われた。2019年を通じて宮下氏は保有するワンキャリアの株式約14%を、個人投資家(アイフルの資産管理会社)や、事業会社系の投資ファンド(UB Ventures)などに売却を実施。評価額20億円で、宮下氏は約2.8億円の税引前利益を確定したものと推察される。
資本異動によって、株主数を増やしつつも、創業者の株式の希薄化を避けた。この資本政策によって、株式上場時点で宮下氏の保有株式の比率が過半数を超えるなど、議決権の過半数を放出しない道を選択した。
2017年3月期のワンキャリアの自己資本比率は58%であったが、2017年12月期(決算期変更)に自己資本比率が6.97%に低下した。2019年12月期には自己資本比率が5.66%になるなど、BSにおける負債の部の比率が高まった。
背景には、ワンキャリアにおいて、資金調達を金融機関からの借入によって行うことで、創業者の株式希薄化を避けたことがあげられる。
宮下氏はワンキャリアにおける銀行の借入金に対して、債務を個人保証することによって金融機関からの借入を実現した。2019年におけるワンキャリアの銀行からの借入金額は約5億円である。
ワンキャリアの有価証券報告書(1の部)によれば、ワンキャリアの銀行からの借入金について、宮下氏が個人で保証していたことが記載されている。2019年度には4.0億円、2020年度には5.3億円を、それぞれ宮下氏が個人保証しており、ワンキャリアが株式を上場する2021年まで個人保証を行う契約が続いた。
ワンキャリアの有価証券報告書(1の部)では、ワンキャリアが金融機関から借りた5億円について、宮下氏が債務保証をしている注記事項が記載されている。宮下氏は、株式の移転売却によって税引前で2.8億円の利益を確定しているが、それでも5億円には及ばない。
これは、ワンキャリアが事業に失敗すれば、保証人の財産も相当額失われるため、宮下氏個人が非常に重いリスクを背負っていたと言える。
2021年にワンキャリアは東証マザーズへの株式上場を果たし、有償一般募集とオーバーアロットメントによって、合計約14億円の資金調達を実施した。
資金の主な用途は、中途採用向けの新規サービス「ONE CAREER PLUS」の展開であり、新卒領域を超えたHRという大きな市場で勝負する方針を決めた。
調達した現金は、ワンキャリの資本金・資本準備金に充当され、ワンキャリアの自己資本比率は2021年12月期末時点で67%となり、自己資本比率を大きく改善した。同時に、宮下氏の金融機関への借入に対する個人補償の契約も解消された。
なお、株式上場後の2021年12月期末時点で、宮下氏が株式の過半数(63.1%)を保有しており、ワンキャリの株式の流動性は低い状態といえる。このため、機関投資家による株式保有や、適切な株価形成という面で課題を残している。
ワンキャリアの株式上場は2021年11月であり、仮にあと1ヶ月遅かった場合、株式上場を取り下げていた可能性もある。実際に、2021年12月に東証マザーズの市場が暴落したため、株式上場を見送るベンチャー企業が相次ぐなど、惨憺たる現実に直面した。
つまり、ワンキャリアは「2021年の東証マザーズの株式好調期における最後のチャンス」を上場タイミングに持ってくることができた。その意味で「板子一枚下は地獄」を、ギリギリのところで回避したマザーズ上場だったとも言える。