大塚家具の歴史

Last Updated: | Author: @yusugiura
歴史概要
家具量販店のパイオニアで1980年代のマイホームブームとともに成長。だが、大型家具の需要減少により2000年をピークに業績悪化へ
1969
設立
大塚家具センターを設立
タンス職人であった大塚勝久が独立を果たして大塚家具を埼玉県春日部市にて設立し、大塚家具の歴史が始まる。春日部は家具生産が盛んな土地であり、大塚勝久もタンス職人の家に生まれ育った。ただし、大塚家具は「家具製造」ではなく「卸・小売」を主体とし、優れた家具をコーディネートする部分に価値を置いた。
1969
投資
春日部駅前に店舗開業
家具の小売業に本格参入するため、春日部駅前に店舗を新設した。春日部駅は東武鉄道の主要駅であり、十分な来客が見込める土地柄である。
1979
戦略
一流デパートより3割安く販売
当時の家具業界では百貨店が主要な小売業として君臨しており、高級品として取り扱われていた。そこで、大塚家具は百貨店を介さずに自ら小売業を手がけることによって「百貨店よりも...
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1978
投資
東京板橋に出店
発祥の地が埼玉県春日部という関係上、大塚家具は埼玉県内での出店が主軸であったが、1978年には東京板橋に進出して東京進出を果たす。以降、大塚家具は急速に店舗網を拡大する。なお、大塚家具は大店法を避けるために、板橋店はボーリング場跡地を活用するなど、政治規制の範囲内で店舗の大型化を推し進めた。
1979
移転
本社を東京に移転
東京進出の本格化に備えて、創業の地である埼玉県春日部から東京九段下に移転した。
1980
上場
株式を店頭登録銘柄として登録
1970年代を通じて首都圏の郊外に戸建て住宅が大量に建設されたことで、プレハブに適合した大型家具の需要が急伸し、大塚家具は急成長を遂げた。この結果、株式の店頭公開を果たす。
1993
戦略
会員ビジネスに注力
大塚家具は固定客を確保するために会員制による大型家具の販売に特化する方針を決めた。大塚家具の主な顧客は新婚やマイホームを建てたばかりの家族層であり、客単価高く、家具選びの時間を十分に取る傾向にあったため、会員制ビジネスに舵を切った。以後、全国各地に接客を前提とした「ショールーム」を新設する。
2008
赤字
最終赤字に転落
2000年代を通じて戸建てにはクローゼットなどの収納が事前に備え付けられる家が一般化し、大塚家具が主戦場としてきた「大型家具」という市場の縮小が決定的となった。加えて家具業界では、東南アジアにおける調達に強みのあるニトリが急成長を遂げ、大塚家具を取り巻く競争環境が悪化。この結果、2008年に大塚家具は最終赤字に転落し、売上も伸び悩みに転じる。
2015
危機
創業者大塚勝彦が退任(お家騒動)
業績が伸び悩む大塚具では、創業者である大塚勝久と、創業者の長女である大塚久美子の間で意見対立が発生。最終的にはお家騒動に発展し、2015年に創業者の大塚勝彦が社長を退任した。お家騒動後の大塚家具も、経営危機を打開できないまま現在に至る。
Report

1979 一流デパートより3割安く販売

戦略

当時の家具業界では百貨店が主要な小売業として君臨しており、高級品として取り扱われていた。そこで、大塚家具は百貨店を介さずに自ら小売業を手がけることによって「百貨店よりも3割やすく家具を販売する」という方針を掲げることによって消費者の支持を獲得した。なお、大塚勝久は「三越の経営を私にやらせれば売上を倍にしてみせる」(1979/4/9日経ビジネス)と語り、百貨店業界からの顰蹙を買うなど、大塚家具と老舗百貨店の対立構造が鮮明となった。