1989年 ビームスからの独立で始まった創業とセレクト編集型SPAの確立
- 1989年東京都渋谷区神宮前二丁目に、株式会社ユナイテッドアローズを資本金5,000万円をもって設立
- 1989年パリのブティック「マリナ・ド・ブルボン」の日本国内ショップ展開の運営管理代行業務を開始し、渋谷区に第1号店をオープン(1995年3月に終了)
- 1990年東京都渋谷区に、ユナイテッドアローズ(UA)第1号店となる渋谷店をオープン
- 1992年フラッグシップ・ショップとして東京都渋谷区神宮前三丁目に原宿本店をオープンし、本店・本社を同所に移転
- 1999年日本証券業協会(現ジャスダック)に株式を店頭登録
- 1999年「グリーンレーベル リラクシング(GLR)」業態の本格出店として、GLR新宿店をオープン
- 1999年CHROME HEARTS TOKYOを東京都港区にオープンし、「クロムハーツ(CH)」業態の本格展開を開始
ユナイテッドアローズの業績推移:単体
出所:有価証券報告書・会社四季報等
ワールドを後ろ盾にしたビームス出身者の独立創業
ユナイテッドアローズは、1989年10月に東京都渋谷区神宮前二丁目で資本金5,000万円をもって設立された。創業社長の重松理氏は、1976年に原宿で始まったセレクトショップの草分け「アメリカンライフショップビームス」の立ち上げに携わった人物で、ビームスを離れたのち、アパレル大手のワールドを出資者に迎えてユナイテッドアローズを興した。設立当初は、パリのブティック「マリナ・ド・ブルボン」の日本国内でのショップ展開を運営管理する代行業務から事業を始め、同年11月に渋谷区へ第1号店を開いた。 [1][2][3]
- ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
- [1]1989年10月 東京都渋谷区神宮前二丁目に資本金5,000万円で設立
- [3]設立当初はパリのブティック「マリナ・ド・ブルボン」の日本国内ショップ展開の運営管理代行から事業を開始し、1989年11月に渋谷区へ第1号店を開店
- WWDJAPAN 2017年11月21日「ビームスとUA、2大セレクトのリーダーが語る過去と未来」
- [2]重松理氏はビームス(1976年原宿創業のアメリカンライフショップビームス)の立ち上げに携わったのち、ワールドを出資者にユナイテッドアローズを設立
重松理氏は1949年生まれで、ユナイテッドアローズの設立と同時に社長へ就いた。以後、社長として業態づくりと店舗網の拡大を主導し、2012年に会長、2014年に名誉会長へ退いた。創業チームには、のちに社長となる岩城哲哉氏らビームス出身者が加わり、セレクトショップの現場運営に通じた人材が経営の中核を占めた。既存のセレクトショップとの差別化を明確にしたうえで独立した点が、その後の業態設計を方向づけた。重松理氏を中心とする創業チームは、大量出店で規模を追うより、感度と接客で選ばれる店づくりを優先する方針を、初期から共有していた。 [4][5]
- 週刊東洋経済 2017年9月23日号「重松 理 ユナイテッドアローズ名誉会長が語る 私がZOZOを選んだ理由」
- [4]重松理氏は1949年生まれ、1989年にユナイテッドアローズを設立し社長就任、2012年会長、2014年名誉会長
- ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【役員の状況】
- [5]創業チームにはのちに社長となる岩城哲哉氏らビームス出身者が加わった
- ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
- [1]1989年10月 東京都渋谷区神宮前二丁目に資本金5,000万円で設立
- [3]設立当初はパリのブティック「マリナ・ド・ブルボン」の日本国内ショップ展開の運営管理代行から事業を開始し、1989年11月に渋谷区へ第1号店を開店
- WWDJAPAN 2017年11月21日「ビームスとUA、2大セレクトのリーダーが語る過去と未来」
- [2]重松理氏はビームス(1976年原宿創業のアメリカンライフショップビームス)の立ち上げに携わったのち、ワールドを出資者にユナイテッドアローズを設立
- 週刊東洋経済 2017年9月23日号「重松 理 ユナイテッドアローズ名誉会長が語る 私がZOZOを選んだ理由」
- [4]重松理氏は1949年生まれ、1989年にユナイテッドアローズを設立し社長就任、2012年会長、2014年名誉会長
- ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【役員の状況】
- [5]創業チームにはのちに社長となる岩城哲哉氏らビームス出身者が加わった
自主企画商品5割超のセレクト編集型SPAという業態設計
創業から数年で、ユナイテッドアローズは他社と交わらない独自の業態を打ち出した。海外や国内から選び抜いた商品を並べるセレクトショップと、企画から販売までを自社で担うSPAの双方の強みを組み合わせ、自主企画商品を売上の5割以上に据える「セレクト編集型SPA」を掲げた。会社は商品構成を先駆性10%・時代性40%・独自性50%という比率に置き、輸入で試した先駆的な商材のうち日本の生活文化に根づいたものを自主企画へ落とし込む循環をつくった。自主企画中心の構成は粗利益率を高く保ち、業績への寄与度を上げる仕組みになった。 [6][7]
- 証券アナリストジャーナル 1999年8月号「ユナイテッドアローズ」
- [6]セレクトショップとSPAを組み合わせ、自主企画商品を5割以上とする「セレクト編集型SPA」を業態として標榜
- [7]商品構成比を先駆性10%・時代性40%・独自性50%と定めていた
業態のもう一つの柱が、複数の自主企画レーベルを束ねる多レーベル政策だった。流行の短いサイクルと中期のサイクルの双方をカバーするため、会社は16の自主企画レーベルを抱え、それぞれに商品調達を担う部門別のチームを置いた。企業コンセプトとしては、常に自己革新を続ける「進化する老舗」と、百貨店の10分の1の商材でライフスタイルを提案する「専門10貨店」を掲げた。量を追わず時代対応力を優先する方針を明示し、接客サービスの水準を競争力の中心に据えた。この業態設計は、その後も長く会社の商品政策の基本となった。 [8][9]
- 証券アナリストジャーナル 1999年8月号「ユナイテッドアローズ」
- [8]16の自主企画レーベルを持つ多レーベル政策を採用
- [9]企業コンセプトとして「進化する老舗」「専門10貨店」を標榜
- 証券アナリストジャーナル 1999年8月号「ユナイテッドアローズ」
- [6]セレクトショップとSPAを組み合わせ、自主企画商品を5割以上とする「セレクト編集型SPA」を業態として標榜
- [7]商品構成比を先駆性10%・時代性40%・独自性50%と定めていた
- [8]16の自主企画レーベルを持つ多レーベル政策を採用
- [9]企業コンセプトとして「進化する老舗」「専門10貨店」を標榜
御三家の一角としての原宿本店と株式店頭登録
1990年7月、会社はユナイテッドアローズ業態の第1号店となる渋谷店を東京都渋谷区に開いた。1992年10月にはフラッグシップとして原宿本店を神宮前三丁目に構え、本店・本社を同所へ移した。原宿・渋谷を拠点に高感度な品ぞろえと接客で支持を集め、ユナイテッドアローズはビームス、シップスと並ぶセレクトショップ「御三家」の一角に数えられるようになった。1999年3月期には売上高143億円、総店舗数18店舗の規模へと成長した。原宿という発信力のある立地を本店に据えたことは、ブランドの世界観を打ち出すうえでも大きな意味を持った。 [10][11][12]
- ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
- [10]1990年7月にユナイテッドアローズ第1号店の渋谷店を開店、1992年10月に原宿本店を開き本店・本社を移転
- 週刊東洋経済 2003年3月8日号「ユナイテッドアローズは勝ち続けるか?曲がり角のセレクトショップ」
- [11]ビームス、シップスと並ぶセレクトショップ「御三家」の一角とされた
- 証券アナリストジャーナル 1999年8月号「ユナイテッドアローズ」
- [12]1999年3月期の売上高143億円、総店舗数18店舗
事業拡大に合わせ、会社は新しい業態と資本市場への足がかりを整えた。1999年9月には中価格帯の「グリーンレーベル リラクシング」を新宿へ本格出店し、同年12月には銀製装飾品を扱う「クロムハーツ」業態を港区で始めた。資本面では、1999年7月に日本証券業協会へ株式を店頭登録し、公開企業となった。翌2001年には分散していた本社機能を神宮前二丁目へ集約し、店舗網の拡大を支える体制を固めた。業態と資本の両面をほぼ同時に整えたことで、会社は次の10年に向けた店舗網拡大の足場を固め、多レーベル化を本格化させる準備を整えた。 [13][14]
- ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
- [13]1999年9月にグリーンレーベル リラクシングを本格出店、同年12月にクロムハーツ業態を開始
- [14]1999年7月に日本証券業協会へ株式を店頭登録
- ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
- [10]1990年7月にユナイテッドアローズ第1号店の渋谷店を開店、1992年10月に原宿本店を開き本店・本社を移転
- [13]1999年9月にグリーンレーベル リラクシングを本格出店、同年12月にクロムハーツ業態を開始
- [14]1999年7月に日本証券業協会へ株式を店頭登録
- 週刊東洋経済 2003年3月8日号「ユナイテッドアローズは勝ち続けるか?曲がり角のセレクトショップ」
- [11]ビームス、シップスと並ぶセレクトショップ「御三家」の一角とされた
- 証券アナリストジャーナル 1999年8月号「ユナイテッドアローズ」
- [12]1999年3月期の売上高143億円、総店舗数18店舗