ユナイテッドアローズ

の歴史

創業
1989年
創業地
東京都渋谷区
創業者
重松理
上場
2002年
売上高(2026/3)
1,646 億円
営業利益(2026/3)
91 億円
従業員数(2026/3)
経営トップ
松崎善則
ユナイテッドアローズの長期業績と経営の転換点売上高と利益率の長期推移
売上高(億円純利益率(%)

1989 ビームスからの独立で始まった創業とセレクト編集型SPAの確立

  1. 1989年東京都渋谷区神宮前二丁目に、株式会社ユナイテッドアローズを資本金5,000万円をもって設立
  2. 1989年パリのブティック「マリナ・ド・ブルボン」の日本国内ショップ展開の運営管理代行業務を開始し、渋谷区に第1号店をオープン(1995年3月に終了)
  3. 1990年東京都渋谷区に、ユナイテッドアローズ(UA)第1号店となる渋谷店をオープン
  4. 1992年フラッグシップ・ショップとして東京都渋谷区神宮前三丁目に原宿本店をオープンし、本店・本社を同所に移転
  5. 1999年日本証券業協会(現ジャスダック)に株式を店頭登録
  6. 1999年「グリーンレーベル リラクシング(GLR)」業態の本格出店として、GLR新宿店をオープン
  7. 1999年CHROME HEARTS TOKYOを東京都港区にオープンし、「クロムハーツ(CH)」業態の本格展開を開始

ユナイテッドアローズの業績推移:単体

売上高(億円)

出所:有価証券報告書・会社四季報等

ワールドを後ろ盾にしたビームス出身者の独立創業

ユナイテッドアローズは、1989年10月に東京都渋谷区神宮前二丁目で資本金5,000万円をもって設立された。創業社長の重松理氏は、1976年に原宿で始まったセレクトショップの草分け「アメリカンライフショップビームス」の立ち上げに携わった人物で、ビームスを離れたのち、アパレル大手のワールドを出資者に迎えてユナイテッドアローズを興した。設立当初は、パリのブティック「マリナ・ド・ブルボン」の日本国内でのショップ展開を運営管理する代行業務から事業を始め、同年11月に渋谷区へ第1号店を開いた。 [1][2][3]

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1989年10月 東京都渋谷区神宮前二丁目に資本金5,000万円で設立
    • [3]設立当初はパリのブティック「マリナ・ド・ブルボン」の日本国内ショップ展開の運営管理代行から事業を開始し、1989年11月に渋谷区へ第1号店を開店
  • WWDJAPAN 2017年11月21日「ビームスとUA、2大セレクトのリーダーが語る過去と未来」
    • [2]重松理氏はビームス(1976年原宿創業のアメリカンライフショップビームス)の立ち上げに携わったのち、ワールドを出資者にユナイテッドアローズを設立

重松理氏は1949年生まれで、ユナイテッドアローズの設立と同時に社長へ就いた。以後、社長として業態づくりと店舗網の拡大を主導し、2012年に会長、2014年に名誉会長へ退いた。創業チームには、のちに社長となる岩城哲哉氏らビームス出身者が加わり、セレクトショップの現場運営に通じた人材が経営の中核を占めた。既存のセレクトショップとの差別化を明確にしたうえで独立した点が、その後の業態設計を方向づけた。重松理氏を中心とする創業チームは、大量出店で規模を追うより、感度と接客で選ばれる店づくりを優先する方針を、初期から共有していた。 [4][5]

  • 週刊東洋経済 2017年9月23日号「重松 理 ユナイテッドアローズ名誉会長が語る 私がZOZOを選んだ理由」
    • [4]重松理氏は1949年生まれ、1989年にユナイテッドアローズを設立し社長就任、2012年会長、2014年名誉会長
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [5]創業チームにはのちに社長となる岩城哲哉氏らビームス出身者が加わった
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1989年10月 東京都渋谷区神宮前二丁目に資本金5,000万円で設立
    • [3]設立当初はパリのブティック「マリナ・ド・ブルボン」の日本国内ショップ展開の運営管理代行から事業を開始し、1989年11月に渋谷区へ第1号店を開店
  • WWDJAPAN 2017年11月21日「ビームスとUA、2大セレクトのリーダーが語る過去と未来」
    • [2]重松理氏はビームス(1976年原宿創業のアメリカンライフショップビームス)の立ち上げに携わったのち、ワールドを出資者にユナイテッドアローズを設立
  • 週刊東洋経済 2017年9月23日号「重松 理 ユナイテッドアローズ名誉会長が語る 私がZOZOを選んだ理由」
    • [4]重松理氏は1949年生まれ、1989年にユナイテッドアローズを設立し社長就任、2012年会長、2014年名誉会長
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [5]創業チームにはのちに社長となる岩城哲哉氏らビームス出身者が加わった

自主企画商品5割超のセレクト編集型SPAという業態設計

創業から数年で、ユナイテッドアローズは他社と交わらない独自の業態を打ち出した。海外や国内から選び抜いた商品を並べるセレクトショップと、企画から販売までを自社で担うSPAの双方の強みを組み合わせ、自主企画商品を売上の5割以上に据える「セレクト編集型SPA」を掲げた。会社は商品構成を先駆性10%・時代性40%・独自性50%という比率に置き、輸入で試した先駆的な商材のうち日本の生活文化に根づいたものを自主企画へ落とし込む循環をつくった。自主企画中心の構成は粗利益率を高く保ち、業績への寄与度を上げる仕組みになった。 [6][7]

  • 証券アナリストジャーナル 1999年8月号「ユナイテッドアローズ」
    • [6]セレクトショップとSPAを組み合わせ、自主企画商品を5割以上とする「セレクト編集型SPA」を業態として標榜
    • [7]商品構成比を先駆性10%・時代性40%・独自性50%と定めていた

業態のもう一つの柱が、複数の自主企画レーベルを束ねる多レーベル政策だった。流行の短いサイクルと中期のサイクルの双方をカバーするため、会社は16の自主企画レーベルを抱え、それぞれに商品調達を担う部門別のチームを置いた。企業コンセプトとしては、常に自己革新を続ける「進化する老舗」と、百貨店の10分の1の商材でライフスタイルを提案する「専門10貨店」を掲げた。量を追わず時代対応力を優先する方針を明示し、接客サービスの水準を競争力の中心に据えた。この業態設計は、その後も長く会社の商品政策の基本となった。 [8][9]

  • 証券アナリストジャーナル 1999年8月号「ユナイテッドアローズ」
    • [8]16の自主企画レーベルを持つ多レーベル政策を採用
    • [9]企業コンセプトとして「進化する老舗」「専門10貨店」を標榜
  • 証券アナリストジャーナル 1999年8月号「ユナイテッドアローズ」
    • [6]セレクトショップとSPAを組み合わせ、自主企画商品を5割以上とする「セレクト編集型SPA」を業態として標榜
    • [7]商品構成比を先駆性10%・時代性40%・独自性50%と定めていた
    • [8]16の自主企画レーベルを持つ多レーベル政策を採用
    • [9]企業コンセプトとして「進化する老舗」「専門10貨店」を標榜

御三家の一角としての原宿本店と株式店頭登録

1990年7月、会社はユナイテッドアローズ業態の第1号店となる渋谷店を東京都渋谷区に開いた。1992年10月にはフラッグシップとして原宿本店を神宮前三丁目に構え、本店・本社を同所へ移した。原宿・渋谷を拠点に高感度な品ぞろえと接客で支持を集め、ユナイテッドアローズはビームス、シップスと並ぶセレクトショップ「御三家」の一角に数えられるようになった。1999年3月期には売上高143億円、総店舗数18店舗の規模へと成長した。原宿という発信力のある立地を本店に据えたことは、ブランドの世界観を打ち出すうえでも大きな意味を持った。 [10][11][12]

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [10]1990年7月にユナイテッドアローズ第1号店の渋谷店を開店、1992年10月に原宿本店を開き本店・本社を移転
  • 週刊東洋経済 2003年3月8日号「ユナイテッドアローズは勝ち続けるか?曲がり角のセレクトショップ」
    • [11]ビームス、シップスと並ぶセレクトショップ「御三家」の一角とされた
  • 証券アナリストジャーナル 1999年8月号「ユナイテッドアローズ」
    • [12]1999年3月期の売上高143億円、総店舗数18店舗

事業拡大に合わせ、会社は新しい業態と資本市場への足がかりを整えた。1999年9月には中価格帯の「グリーンレーベル リラクシング」を新宿へ本格出店し、同年12月には銀製装飾品を扱う「クロムハーツ」業態を港区で始めた。資本面では、1999年7月に日本証券業協会へ株式を店頭登録し、公開企業となった。翌2001年には分散していた本社機能を神宮前二丁目へ集約し、店舗網の拡大を支える体制を固めた。業態と資本の両面をほぼ同時に整えたことで、会社は次の10年に向けた店舗網拡大の足場を固め、多レーベル化を本格化させる準備を整えた。 [13][14]

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [13]1999年9月にグリーンレーベル リラクシングを本格出店、同年12月にクロムハーツ業態を開始
    • [14]1999年7月に日本証券業協会へ株式を店頭登録
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [10]1990年7月にユナイテッドアローズ第1号店の渋谷店を開店、1992年10月に原宿本店を開き本店・本社を移転
    • [13]1999年9月にグリーンレーベル リラクシングを本格出店、同年12月にクロムハーツ業態を開始
    • [14]1999年7月に日本証券業協会へ株式を店頭登録
  • 週刊東洋経済 2003年3月8日号「ユナイテッドアローズは勝ち続けるか?曲がり角のセレクトショップ」
    • [11]ビームス、シップスと並ぶセレクトショップ「御三家」の一角とされた
  • 証券アナリストジャーナル 1999年8月号「ユナイテッドアローズ」
    • [12]1999年3月期の売上高143億円、総店舗数18店舗

2002 東証への上場とマルチレーベル化によるデザイン力勝負への転換

  1. 2002年東京証券取引所 市場第二部に株式を上場
  2. 2003年東京証券取引所 市場第一部銘柄に指定
  3. 2003年UA原宿本店を増床しリニューアルオープン、店舗数が50店舗超え
  4. 2005年イタリア製鞄等の輸入・卸売・販売を主業とする株式会社フィーゴの全株式を取得し子会社化

ユナイテッドアローズの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書・会社四季報等

東証二部・一部への上場と多レーベル化

2002年3月、ユナイテッドアローズは東京証券取引所市場第二部へ株式を上場し、翌2003年3月には市場第一部銘柄に指定された。1999年の店頭登録からわずか数年で東証一部に達した背景には、既存店の二桁増収を続ける成長力と、公開企業として求められる情報開示やガバナンス体制の整備があった。上場で得た資金と信用力は、店舗の大型化や新しい自主企画レーベルへの投資を支える基盤となった。セレクトショップ「御三家」のなかで唯一の上場企業という立場も、取引先や採用面での信用を厚くした。 [15]

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [15]2002年3月に東証二部へ上場、2003年3月に一部銘柄へ指定

上場を機に、会社は特定の顧客層や価格帯に応じた自主企画レーベルを相次いで立ち上げ、多レーベル化を進めた。2002年に「オデット エ オディール」、2003年に「ドゥロワー」、2006年に「ビューティ&ユース ユナイテッドアローズ」を投入し、旗艦のユナイテッドアローズ業態を軸にしながら顧客層の幅を広げた。2003年9月には原宿本店を増床し、店舗数は50店舗を超えた。単一のブランドに頼らず、価格帯と客層の異なる複数のレーベルで売り場を構成する形は、その後の成長を支える基本の型となった。年齢や予算に応じて顧客が同じ会社の別レーベルへ移りやすい構造は、囲い込みの面でも働いた。 [16][17]

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [16]2002年オデット エ オディール、2003年ドゥロワー、2006年ビューティ&ユース ユナイテッドアローズを投入
    • [17]2003年9月に原宿本店を増床し店舗数が50店舗を超えた
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [15]2002年3月に東証二部へ上場、2003年3月に一部銘柄へ指定
    • [16]2002年オデット エ オディール、2003年ドゥロワー、2006年ビューティ&ユース ユナイテッドアローズを投入
    • [17]2003年9月に原宿本店を増床し店舗数が50店舗を超えた

デザイン力での勝負と1000億円企業への構想

上場後のセレクトショップ市場は、ユニクロブームの反動で客足が戻る一方、同質化と競争激化に直面した。輸入セレクト品での差別化には円安や商品のバッティングという壁があり、市場は付加加工中心のバイヤー発想から、自社企画品のデザイン性そのもので競う段階へ移った。2003年時点で、ユナイテッドアローズはビームス、シップスに加え、ベイクルーズ、トゥモローランドと5社で競り合う位置にあり、既存店で2割前後の増収ペースを保って勝ち組の一番手と評された。市場全体が選別の時期に入るなかでの評価だった。 [18][19]

  • 週刊東洋経済 2003年3月8日号「ユナイテッドアローズは勝ち続けるか?曲がり角のセレクトショップ」
    • [18]2003年時点でユナイテッドアローズはビームス・シップス・ベイクルーズ・トゥモローランドと5社で競合
    • [19]既存店で2割前後の増収ペースを保ち勝ち組の一番手と評された

この転換のなかで、ユナイテッドアローズは店舗の大型化と品ぞろえ・在庫管理の高度化を進める「スーパーSPA化構想」を掲げ、売上高1000億円の企業を目指すと打ち出した。一坪あたり十数品種という高密度の品ぞろえを保つ制約のもと、ブランドの高感度なイメージを崩さずに店舗網を広げられるかが達成の鍵となった。会社は既存店の増収に頼るだけでなく、大型店の運営と多レーベルによる顧客層の拡大で成長の裾野を広げる方向を選んだ。高感度と規模拡大という、相反しがちな二つの要請をどう両立させるかが、この時期の最大のテーマとなった。 [20]

  • 週刊東洋経済 2003年3月8日号「ユナイテッドアローズは勝ち続けるか?曲がり角のセレクトショップ」
    • [20]店舗大型化と在庫管理の高度化を進める「スーパーSPA化構想」を掲げ売上高1000億円企業を目標とした

ネット通販への対応も、この時期に方向が定まった。重松理氏は1995年ごろからECの可能性を検討したが、洋服は試着しないとわからないという判断から、社長としてはいったん本格参入を見送った。2004年に始まったスタートトゥデイの「ゾゾタウン」については、サイトの作りと運営者の考え方を評価し、開始直後に出店を決めた。当初は売上が伸び悩んだものの、商品の見せ方や在庫の持ち方を見直すなかで販売を伸ばし、のちのネット販売の基盤となった。自前でのEC構築を急がず、外部の有力サイトと組む選択は、当時のアパレルとしては慎重な判断だった。 [21]

  • 週刊東洋経済 2017年9月23日号「重松 理 ユナイテッドアローズ名誉会長が語る 私がZOZOを選んだ理由」
    • [21]重松理氏は1995年ごろからECを検討したが本格参入を見送り、2004年開始のゾゾタウンへ出店を決めた
  • 週刊東洋経済 2003年3月8日号「ユナイテッドアローズは勝ち続けるか?曲がり角のセレクトショップ」
    • [18]2003年時点でユナイテッドアローズはビームス・シップス・ベイクルーズ・トゥモローランドと5社で競合
    • [19]既存店で2割前後の増収ペースを保ち勝ち組の一番手と評された
    • [20]店舗大型化と在庫管理の高度化を進める「スーパーSPA化構想」を掲げ売上高1000億円企業を目標とした
  • 週刊東洋経済 2017年9月23日号「重松 理 ユナイテッドアローズ名誉会長が語る 私がZOZOを選んだ理由」
    • [21]重松理氏は1995年ごろからECを検討したが本格参入を見送り、2004年開始のゾゾタウンへ出店を決めた

2007 三菱商事との資本業務提携と1000億円企業への到達

  1. 2007年三菱商事株式会社との資本・業務提携に合意
  2. 2007年女性向け衣料品等の企画・小売を主業とする子会社、株式会社ペレニアル ユナイテッドアローズを設立
  3. 2007年店舗数が100店舗超え
  4. 2008年衣料品等の小売を主業とする低価格業態の子会社、株式会社コーエンを設立
  5. 2010年株式会社ペレニアル ユナイテッドアローズを清算結了
  6. 2012年三菱商事株式会社との資本・業務提携を解消
  7. 2013年衣料品等の小売を主業とする海外子会社「台湾聯合艾諾股份有限公司」を台湾に設立

ユナイテッドアローズの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書・会社四季報等

三菱商事との資本業務提携と低価格・企画事業の拡張

2007年8月、ユナイテッドアローズは三菱商事と資本・業務提携で合意した。提携は、ショッピングセンター向けなどの新しいカジュアル事業を広げるにあたり、素材調達や商品製造を円滑に進める狙いに沿ったものだった。同じ時期に、会社は事業領域の拡張を進めており、2007年8月には女性向け衣料の企画・小売を担う子会社ペレニアル ユナイテッドアローズを、2008年5月には低価格帯を扱う子会社コーエンを設立した。提携は2012年9月に、役割を終えたとして解消された。提携の間に、会社は素材調達や生産の面で協力関係を築いた。 [22][23][24]

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [22]2007年8月に三菱商事と資本・業務提携で合意、2012年9月に解消
    • [24]2007年8月にペレニアル ユナイテッドアローズ、2008年5月に低価格帯のコーエンを子会社として設立
  • 日本経済新聞(2012年9月25日)
    • [23]提携はショッピングセンター向けカジュアル事業の素材調達・商品製造を狙いとし、2012年9月に役割を終えたとして解消

経営陣の顔ぶれも動いた。創業社長の重松理氏は2000年代半ばに社長を岩城哲哉氏へ譲ったが、2008年に社長へ復帰した。2011年には竹田光広氏へ社長を引き継ぎ、以後2010年代を通じて竹田氏が経営を率いた。2007年3月に店舗数が100店舗を超え、多レーベルと大型店を組み合わせた出店で、会社は御三家の中で唯一の上場企業として規模を広げた。社長の交代を重ねながらも、高感度セレクトショップという業態の軸は揺らがず、出店と多レーベル化による成長が続いた。三菱商事との提携も、この成長を素材調達の面から支える枠組みとなった。 [25][26]

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [25]重松理氏は社長を岩城哲哉氏に譲ったのち2008年に社長へ復帰、2011年に竹田光広氏へ引き継いだ
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [26]2007年3月に店舗数が100店舗を超えた
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [22]2007年8月に三菱商事と資本・業務提携で合意、2012年9月に解消
    • [24]2007年8月にペレニアル ユナイテッドアローズ、2008年5月に低価格帯のコーエンを子会社として設立
    • [26]2007年3月に店舗数が100店舗を超えた
  • 日本経済新聞(2012年9月25日)
    • [23]提携はショッピングセンター向けカジュアル事業の素材調達・商品製造を狙いとし、2012年9月に役割を終えたとして解消
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [25]重松理氏は社長を岩城哲哉氏に譲ったのち2008年に社長へ復帰、2011年に竹田光広氏へ引き継いだ

連結売上高1000億円の突破と台湾への進出

竹田光広氏が社長を務めた2010年代前半、ユナイテッドアローズは成長を加速させた。連結売上高は2012年3月期に1021億円へ達し、初めて1000億円を超えた。2013年3月期は1150億円、2014年3月期は1285億円と伸び、経常利益も2014年3月期に137億円へと積み上がった。多レーベル化で広げた顧客層と、大型店を核とした出店が、二桁台の増収を支える収益基盤になった。1000億円という、上場時に掲げた目標を現実の数字として超えたことは、会社の成長段階が新たに一段上がったことを示した。

成長は海外へも及んだ。2013年8月、会社は衣料品の小売を担う海外子会社「台湾聯合艾諾股份有限公司」を台湾に設立し、国内で磨いた業態を海外へ広げ始めた。国内では2005年に鞄輸入のフィーゴを子会社化するなど周辺事業も広げ、店舗数は2007年に100店舗を超えたのち、さらに拡大した。この台湾進出は、のちに続く中国など海外事業の足がかりとなった。国内市場が成熟へ向かうなかで、次の成長を海外に求める動きの第一歩となり、台湾では現地の百貨店やモールを中心に出店して足場を築いた。海外での経験は、のちの中国事業を組み立てるうえでの手がかりにもなった。 [27][28]

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [27]2013年8月に海外子会社「台湾聯合艾諾股份有限公司」を台湾に設立
    • [28]2005年11月にイタリア製鞄等を扱うフィーゴを子会社化
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [27]2013年8月に海外子会社「台湾聯合艾諾股份有限公司」を台湾に設立
    • [28]2005年11月にイタリア製鞄等を扱うフィーゴを子会社化

値上げ施策のつまずきによる営業減益と成長の鈍化

拡大の一方で、2010年代半ばには足踏みも生じた。連結売上高は2017年3月期に1455億円、2019年3月期に1589億円と伸び続けたが、値上げ施策のつまずきから、会社は6年ぶりの営業減益に沈んだ時期もあった。営業利益は2015年3月期の113億円から2017年3月期には91億円へと落ち込んだ。高感度な品ぞろえを保ちつつ規模を追う過程で、価格と付加価値のバランスが業績を左右する構造が改めて表面化した。高感度な品ぞろえと規模の追求がぶつかり合うこの構造は、次の経営課題として持ち越された。 [29]

  • 週刊東洋経済 2015年9月4日号「ワールドは大量閉店 アパレル最新勢力図」
    • [29]値上げ施策のつまずきで6年ぶりの営業減益となった

値上げの反動は、感度の高い顧客ほど価格に敏感という市場の性格を映していた。売上規模が1500億円を超えて拡大する一方、営業利益率はおおむね6〜7%で10%に届かず、規模の拡大と収益性の両立が課題として残った。会社は採算の改善に向けて商品管理の効率化にも取り組み、2014年にグリーンレーベル リラクシング、2016年にはカジュアル業態へ無線タグ(RFID)を導入して在庫の把握を早めた。店頭とバックヤードの作業を軽くする取り組みは、のちの在庫最適化の下地となった。データにもとづく在庫管理は、コロナ後の改革でさらに強化された。 [30]

  • 週刊東洋経済 2018年5月19日号「無線タグ 商品管理作業の効率化」
    • [30]2014年にグリーンレーベル リラクシング、2016年にカジュアル業態へ無線タグ(RFID)を導入
  • 週刊東洋経済 2015年9月4日号「ワールドは大量閉店 アパレル最新勢力図」
    • [29]値上げ施策のつまずきで6年ぶりの営業減益となった
  • 週刊東洋経済 2018年5月19日号「無線タグ 商品管理作業の効率化」
    • [30]2014年にグリーンレーベル リラクシング、2016年にカジュアル業態へ無線タグ(RFID)を導入

2019 コロナ危機からの構造改革とグローバル・持株会社化への歩み

  1. 2019年衣料品等の小売を主業とする海外子会社「悠艾(上海)商貿有限公司」を中国に設立
  2. 2020年子会社である株式会社Designsを当社に吸収合併
  3. 2020年CHROME HEARTS JP合同会社を持分法適用関連会社に変更
  4. 2021年株式譲渡により株式会社フィーゴを連結対象から除外
  5. 2022年東京証券取引所 プライム市場に銘柄を移行
  6. 2024年靴磨き・靴修理業を主業とする株式会社BOOT BLACK JAPANの全株式を取得
  7. 2026年株式譲渡により株式会社コーエンを連結対象から除外

ユナイテッドアローズの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書・会社四季報等

コロナ禍の営業赤字転落と構造改革・OMO推進

2020年、竹田光広氏に代わって松崎善則氏が社長CEOに就いた。就任直後に直面したのが新型コロナウイルスの感染拡大で、外出自粛と店舗休業が業績を直撃した。連結売上高は2020年3月期の1574億円から2021年3月期には1217億円へ落ち込み、営業損益は66億円の赤字、当期損益も72億円の赤字に転落した。前年まで積み上げてきた成長が一度に反転する厳しい状況となった。感染拡大は、店舗を主戦場としてきた高感度セレクトショップの事業構造に、それまでにない打撃を与えた。松崎善則社長は、就任早々に危機対応と構造改革の同時進行を迫られた。 [31]

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [31]2020年に竹田光広氏に代わり松崎善則氏が社長CEOに就任

会社は2020年から2022年の中期経営計画で構造改革に取り組み、不採算店舗の整理や減損の計上、EC基盤の刷新を進めた。店舗とネットを行き来する購買に対応するため、在庫や顧客接点をつなぐOMOの取り組みを強めた。2022年3月期には営業損益が黒字に戻り、2023年3月期には売上高1301億円・営業利益64億円まで回復した。危機下での在庫と店舗の見直しが、その後の収益改善につながった。中期経営計画はその後、2023年から2025年、2026年から2028年へと更新され、危機対応から成長路線への転換を進めた。あわせて2032年をめどとする長期ビジョンも掲げ、時間軸の長い目標を示した。 [32][33]

  • ユナイテッドアローズ 2026年3月期決算説明会 質疑応答集
    • [32]中期経営計画は2023-2025年、2026-2028年へと更新され、2032年をめどとする長期ビジョンを掲げた
  • ユナイテッドアローズ 2025年3月期決算説明会 質疑応答集
    • [33]2020-2022年の中期経営計画で不採算店舗整理・減損・EC刷新とOMOに取り組んだ

上場市場の区分も改まった。2022年4月、東京証券取引所の市場再編に合わせ、ユナイテッドアローズはプライム市場へ移行した。資本政策では、株主還元として配当性向40%以上を目安に据え、自己株式の取得も組み合わせて資本効率の向上を図った。危機で傷んだ財務を立て直しながら、会社は成長投資と株主還元の両立を掲げた。2026年5月には、自己資本利益率の向上を主目的として、上限100万株・20億円を枠とする自己株式の取得を決めた。株主還元と資本効率を重視する方針を、具体的な数字で裏づける対応となった。 [34][35]

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [34]2022年4月に東証プライム市場へ移行
  • ユナイテッドアローズ 2026年3月期決算説明会 質疑応答集
    • [35]2026年5月にROE向上を主目的として上限100万株・20億円の自己株式取得を決定
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [31]2020年に竹田光広氏に代わり松崎善則氏が社長CEOに就任
  • ユナイテッドアローズ 2026年3月期決算説明会 質疑応答集
    • [32]中期経営計画は2023-2025年、2026-2028年へと更新され、2032年をめどとする長期ビジョンを掲げた
    • [35]2026年5月にROE向上を主目的として上限100万株・20億円の自己株式取得を決定
  • ユナイテッドアローズ 2025年3月期決算説明会 質疑応答集
    • [33]2020-2022年の中期経営計画で不採算店舗整理・減損・EC刷新とOMOに取り組んだ
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [34]2022年4月に東証プライム市場へ移行

高感度・高付加価値への集中とグローバル展開

回復期の戦略の軸は、高感度・高付加価値の商品とライフスタイル提案への集中だった。会社は販売価格と付加価値の適正化で売上総利益率を高める余地があるとみて、定価販売比率の向上や在庫配分の適正化を進めた。基幹システムを刷新した「UA3.0」でサプライチェーンをデジタル化し、販管費の効率化を狙った。顧客との関係を深めるため、会員制度「UAクラブ」を刷新し、購買を促すマイレージ型の仕組みへ切り替えた。会社は、衣料中心の品ぞろえから生活全体を彩る提案へと幅を広げ、ブランドの付加価値を高める方向を示した。原宿本店を含む主要店舗の改装でも、より付加価値の高い商品を扱える売り場づくりを進めた。 [36][37][38]

  • ユナイテッドアローズ 2025年3月期決算説明会 質疑応答集
    • [36]主要店舗の改装で付加価値の高い商品を扱える売り場づくりを進めた
    • [38]会員制度「UAクラブ」を刷新しマイレージ型の仕組みへ切り替えた
  • ユナイテッドアローズ 2026年3月期決算説明会 質疑応答集
    • [37]高感度・高付加価値戦略のもとで売上総利益率向上を図り、基幹システム「UA3.0」でサプライチェーンをデジタル化

海外事業では中国が新たな柱となった。会社は2019年12月に上海へ子会社を設立し、期間限定店舗で得た知見をもとに、2025年1月には中国本土初の直営店を上海へ開いた。日本でも感度の高い顧客に支持されるプライベートブランドが現地で好調で、会社はフランチャイズも含めた拡大を掲げた。長期の海外売上目標も、成長余地の確認を背景に従来の100億円から200億円へ引き上げた。台湾では2026年3月末に14店舗を構え、上海の店舗と合わせて海外の販売網が事業の一角を占めた。海外はインバウンド需要の取り込みと合わせ、国内中心だった事業をグローバルへ広げる新たな柱となった。 [39][40]

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [39]2019年12月に上海の子会社を設立、2025年1月に中国本土初の直営店を上海へ開店
  • ユナイテッドアローズ 2026年3月期決算説明会 質疑応答集
    • [40]長期の海外売上目標を100億円から200億円へ引き上げた
  • ユナイテッドアローズ 2025年3月期決算説明会 質疑応答集
    • [36]主要店舗の改装で付加価値の高い商品を扱える売り場づくりを進めた
    • [38]会員制度「UAクラブ」を刷新しマイレージ型の仕組みへ切り替えた
  • ユナイテッドアローズ 2026年3月期決算説明会 質疑応答集
    • [37]高感度・高付加価値戦略のもとで売上総利益率向上を図り、基幹システム「UA3.0」でサプライチェーンをデジタル化
    • [40]長期の海外売上目標を100億円から200億円へ引き上げた
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [39]2019年12月に上海の子会社を設立、2025年1月に中国本土初の直営店を上海へ開店

コーエン譲渡・M&A再開と持株会社体制への移行

事業ポートフォリオの選別も進んだ。会社は2024年10月に靴磨き・靴修理のブートブラックジャパンを子会社化してM&Aを再開する一方、2026年3月には低価格業態の子会社コーエンを株式譲渡で連結対象から外した。高感度・高付加価値という強みに事業を集中させ、低価格市場には踏み込まない方針を明確にした。周辺では2026年1月に衣料品企画の子会社TELMAを設立するなど、企画機能の強化も図った。M&Aについては、みずからが主体となって事業の幅を広げる方針を掲げた一方、参入する領域は高感度・高付加価値という強みに合うものに限る前提を明示した。 [41][42][43]

  • ユナイテッドアローズ 2026年3月期決算説明会 質疑応答集
    • [41]M&Aで主体的に事業領域を広げる方針を掲げ、参入は高感度・高付加価値の強みに合う領域に限るとした
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [42]2024年10月にブートブラックジャパンを子会社化、2026年3月にコーエンを株式譲渡で連結から除外
    • [43]2026年1月に衣料品企画の子会社TELMAを設立

2026年3月期、ユナイテッドアローズは連結売上高1646億円を計上し、過去最高を更新した。営業利益は91億円、店舗数は連結で273店舗、うち国内258店舗・台湾14店舗・上海1店舗となった。会社はアパレルにとどまらない事業領域への拡張を見据え、M&Aも選択肢に含める持株会社体制への移行を打ち出した。長期ビジョンでは、高感度・高付加価値戦略の進展とデジタル化により、営業利益率10%水準の収益体質を目指す方向を掲げた。コロナ禍の赤字から数年で過去最高の売上高へ戻したうえで、会社は次の成長を海外・M&A・デジタルに求める姿を描いた。 [44][45]

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [44]2026年3月末の連結店舗数273店舗(国内258・台湾14・上海1)
  • ユナイテッドアローズ 2026年3月期決算説明会 質疑応答集
    • [45]M&Aも選択肢に含める持株会社体制への移行を打ち出し、長期ビジョンで営業利益率10%水準の収益体質を目指すとした
  • ユナイテッドアローズ 2026年3月期決算説明会 質疑応答集
    • [41]M&Aで主体的に事業領域を広げる方針を掲げ、参入は高感度・高付加価値の強みに合う領域に限るとした
    • [45]M&Aも選択肢に含める持株会社体制への移行を打ち出し、長期ビジョンで営業利益率10%水準の収益体質を目指すとした
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
    • [42]2024年10月にブートブラックジャパンを子会社化、2026年3月にコーエンを株式譲渡で連結から除外
    • [43]2026年1月に衣料品企画の子会社TELMAを設立
    • [44]2026年3月末の連結店舗数273店舗(国内258・台湾14・上海1)

ユナイテッドアローズの沿革1989〜2026年における主な出来事を抜粋

年月区分社長・CEO出来事重要度
会社設立東京都渋谷区神宮前二丁目に、株式会社ユナイテッドアローズを資本金5,000万円をもって設立★★★
新規事業パリのブティック「マリナ・ド・ブルボン」の日本国内ショップ展開の運営管理代行業務を開始し、渋谷区に第1号店をオープン(1995年3月に終了)
新規事業東京都渋谷区に、ユナイテッドアローズ(UA)第1号店となる渋谷店をオープン★★★
フラッグシップ・ショップとして東京都渋谷区神宮前三丁目に原宿本店をオープンし、本店・本社を同所に移転
株式額面金額を50,000円から500円に変更するため、株式会社エスレフルと合併
東京都渋谷区神宮前三丁目に本社ビルを竣工し、本社を移転
株式上場日本証券業協会(現ジャスダック)に株式を店頭登録★★★
新規事業「グリーンレーベル リラクシング(GLR)」業態の本格出店として、GLR新宿店をオープン★★
新規事業CHROME HEARTS TOKYOを東京都港区にオープンし、「クロムハーツ(CH)」業態の本格展開を開始★★
分散していた本社機能を集約するため、本社所在地を神宮前二丁目に移転
株式上場東京証券取引所 市場第二部に株式を上場★★★
株式上場東京証券取引所 市場第一部銘柄に指定★★
UA原宿本店を増床しリニューアルオープン、店舗数が50店舗超え
企業買収岩城哲哉イタリア製鞄等の輸入・卸売・販売を主業とする株式会社フィーゴの全株式を取得し子会社化★★
店舗数が100店舗超え
新規事業女性向け衣料品等の企画・小売を主業とする子会社、株式会社ペレニアル ユナイテッドアローズを設立★★
業務提携三菱商事株式会社との資本・業務提携に合意★★★
新規事業重松理衣料品等の小売を主業とする低価格業態の子会社、株式会社コーエンを設立★★
事業撤退株式会社ペレニアル ユナイテッドアローズを清算結了
業務提携竹田光広三菱商事株式会社との資本・業務提携を解消★★
新規事業・海外進出衣料品等の小売を主業とする海外子会社「台湾聯合艾諾股份有限公司」を台湾に設立★★★
新規事業衣料品等の小売を主業とする子会社、株式会社Designsを設立
新規事業CHブランドの銀製装飾品・皮革製ウェアの小売を主業とする子会社、CHROME HEARTS JP合同会社を設立
海外進出衣料品等の小売を主業とする海外子会社「悠艾(上海)商貿有限公司」を中国に設立★★
組織再編松崎善則子会社である株式会社Designsを当社に吸収合併
組織再編CHROME HEARTS JP合同会社を持分法適用関連会社に変更
事業売却株式譲渡により株式会社フィーゴを連結対象から除外★★
株式上場東京証券取引所 プライム市場に銘柄を移行
企業買収靴磨き・靴修理業を主業とする株式会社BOOT BLACK JAPANの全株式を取得★★
組織再編CHROME HEARTS JP合同会社を持分法適用関連会社から除外
新規事業衣料品等の企画を主業とする子会社、株式会社TELMAを設立
事業売却株式譲渡により株式会社コーエンを連結対象から除外★★
連結の期末店舗数が273店舗(うち国内258店舗、台湾14店舗、上海1店舗)に
出典・参考
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【沿革】
  • WWDJAPAN 2017年11月21日「ビームスとUA、2大セレクトのリーダーが語る過去と未来」
  • 週刊東洋経済 2017年9月23日号「重松 理 ユナイテッドアローズ名誉会長が語る 私がZOZOを選んだ理由」
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書【役員の状況】
  • 証券アナリストジャーナル 1999年8月号「ユナイテッドアローズ」
  • 週刊東洋経済 2003年3月8日号「ユナイテッドアローズは勝ち続けるか?曲がり角のセレクトショップ」
  • 日本経済新聞(2012年9月25日)
  • 週刊東洋経済 2015年9月4日号「ワールドは大量閉店 アパレル最新勢力図」
  • 週刊東洋経済 2018年5月19日号「無線タグ 商品管理作業の効率化」
  • ユナイテッドアローズ 2026年3月期決算説明会 質疑応答集
  • ユナイテッドアローズ 2025年3月期決算説明会 質疑応答集

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