KOKUSAIエレクトリック

の歴史

創業
2018年
創業地
東京都千代田区
創業者
日立国際電気
上場
2023年
売上高(2026/3)
2,351 億円
営業利益(2026/3)
418 億円
従業員数(2026/3)
経営トップ
KOKUSAIエレクトリックの長期業績と経営の転換点売上高と利益率の長期推移
売上高(億円純利益率(%)

1949 通信機器メーカー国際電気に育った半導体製造装置の系譜

  1. 1949年国際電気株式会社を設立
  2. 1956年単結晶引上装置を受注し半導体製造装置事業に参入
  3. 1961年東京証券取引所に上場(同年に市場第一部指定)

KOKUSAIエレクトリックの業績推移:単体

売上高(億円)

出所:有価証券報告書・会社四季報等

二つの系譜を抱えて生まれた国際電気

1949年、電気通信機器および高周波応用機器の製造販売を目的として国際電気株式会社が設立された。無線通信機器を主力とする一方、1956年にはゲルマニウムやシリコンの単結晶引上装置を受注し、半導体製造装置の分野へ早くから参入した。1961年には東京証券取引所へ上場し、同年に市場第一部の指定を受けている。半導体産業が生まれて間もない時期に、材料と製造プロセスを支える装置メーカーとしての足場を得た会社であり、この二つの事業のうち半導体製造装置はやがて世界市場で確かな地歩を占める製品へと育っていく。 [1][2][3]

    • [1]1949年に電気通信機器・高周波応用機器の製造販売を目的として国際電気株式会社を設立
    • [2]1956年にゲルマニウム・シリコンの単結晶引上装置を受注し半導体製造装置事業に参入
    • [3]1961年に東京証券取引所へ上場し同年に市場第一部の指定を受けた

国際電気は無線通信という祖業と、半導体製造装置という新しい事業を並べ持って歩んだ。前者は放送や防災の無線機器へ、後者は半導体メーカーの生産ラインへと、異なる顧客と市場を相手にする事業であった。半導体の量産が本格化するにつれ、製造装置は一台あたりの単価が高く利益率も大きい事業へと育ち、会社のなかで存在感を強めていった。性格の異なる二つの柱を一社で抱える形は、それぞれに適した投資の速度や経営判断を求めるものであり、長い目で見れば、いずれ別々の会社として歩む可能性をはらむ構造でもあった。

    • [1]1949年に電気通信機器・高周波応用機器の製造販売を目的として国際電気株式会社を設立
    • [2]1956年にゲルマニウム・シリコンの単結晶引上装置を受注し半導体製造装置事業に参入
    • [3]1961年に東京証券取引所へ上場し同年に市場第一部の指定を受けた

世界シェアを生むバッチ式成膜装置の技術

国際電気が育てた半導体製造装置の中核が、縦型の炉に数十枚のウェハーをまとめて入れて薄膜をつくるバッチ式の熱処理成膜装置であった。回路の素材となる層をシリコンウェハー上に均一に積む成膜は、半導体づくりに欠かせない工程である。この領域で同社は原子層堆積法と呼ばれる方式の技術を長く磨き、数十枚を一度に扱うバッチ方式で生産効率と膜質を両立させる独自の技を積み上げた。半導体の微細化が進むほど成膜の精度が求められるなかで、この方式は薄膜を一層ずつ精密に重ねられる強みを持っていた。半導体の集積度が上がるほど、この精密さは装置選びで重んじられるようになった。 [4][5]

  • 週刊東洋経済 2024年2月10日号(KOKUSAI ELECTRIC 金井史幸社長インタビュー)
    • [4]中核製品は縦型炉で数十枚のウェハーをまとめて処理するバッチ式の熱処理成膜装置
    • [5]成膜はウェハー上に回路の素材となる層をつくる半導体製造の必須工程で、ALD方式の技術を持つ

バッチ式の原子層堆積法について、金井史幸社長は「ノウハウの塊のような非常に難しい技術」と述べている。装置のなかで原子の層を一枚ずつ積み上げる制御は、わずかな条件の違いで膜の質が変わる繊細なもので、国際電気は半導体メーカーと組みながら長い時間をかけて改良を重ねた。競合の東京エレクトロンとはほとんどの顧客で競合しながらも、バッチ方式の原子層堆積法では先行して技術を磨き、容易には追随されない蓄積を築いた。この地道な積み上げが、のちに世界シェア約7割という高い位置へとつながっていく。 [6][7]

  • 週刊東洋経済 2024年2月10日号(KOKUSAI ELECTRIC 金井史幸社長インタビュー)
    • [6]金井史幸社長はバッチALDを「ノウハウの塊のような非常に難しい技術」と述べた
    • [7]バッチ方式のALDで東京エレクトロンと競合しつつ先行して技術を磨いた
  • 週刊東洋経済 2024年2月10日号(KOKUSAI ELECTRIC 金井史幸社長インタビュー)
    • [4]中核製品は縦型炉で数十枚のウェハーをまとめて処理するバッチ式の熱処理成膜装置
    • [5]成膜はウェハー上に回路の素材となる層をつくる半導体製造の必須工程で、ALD方式の技術を持つ
    • [6]金井史幸社長はバッチALDを「ノウハウの塊のような非常に難しい技術」と述べた
    • [7]バッチ方式のALDで東京エレクトロンと競合しつつ先行して技術を磨いた

2000 日立国際電気の一員として業績を支え揺れた装置事業

  1. 2000年国際電気・日立電子・八木アンテナが合併し日立国際電気が発足
  2. 2017年日立が日立国際電気の売却を発表しKKRが非公開化へ

KOKUSAIエレクトリックの業績推移:単体

売上高(億円)

出所:有価証券報告書・会社四季報等

三社合併で生まれた日立の有力上場子会社

2000年、国際電気は日立電子および八木アンテナと合併し、商号を株式会社日立国際電気に変更した。無線・映像通信、アンテナ、半導体製造装置を一つに束ねた新会社は、日立製作所グループの有力な上場子会社となった。証券コードは6756で、通信・情報、放送・映像、半導体製造の三つの事業を抱える体制であった。この三事業のなかで半導体製造装置は収益力の高い部門として伸び、成膜技術に長けた技術者と富山県の生産拠点を主力に、日立グループのなかでも独自の存在感を持つ事業へ育っていった。富山県の工場は、この会社の成膜装置づくりを支える中核の拠点であった。 [8][9]

    • [8]2000年に国際電気・日立電子・八木アンテナが合併し株式会社日立国際電気へ商号変更
  • 会社四季報(週刊東洋経済 2009年1月17日号)
    • [9]日立国際電気(証券コード6756)は通信・情報、放送・映像、半導体製造の三部門を抱えた

半導体製造装置は好況の時期にはグループの業績を支える柱となった一方、需要が数年ごとに大きく振れるシリコンサイクルの影響を強く受けた。半導体の設備投資が世界的に膨らむ年には装置の受注が伸び、落ち込む年には赤字に沈む振れ幅の大きさが、この事業につきまとった。2009年1月時点の会社四季報は、通信・情報、放送・映像、半導体製造の3部門がそろって営業赤字に陥ると伝えている。装置事業の高い収益力と変動の大きさは、親会社の日立にとって将来を読みにくい資産でもあった。好不況の波が数年で入れ替わる事業は、安定を求める親会社の経営と必ずしも相性が良いわけではなかった。 [10]

  • 会社四季報(週刊東洋経済 2009年1月17日号)
    • [10]2009年1月時点の会社四季報は日立国際電気の3部門がそろって営業赤字と報じた
    • [8]2000年に国際電気・日立電子・八木アンテナが合併し株式会社日立国際電気へ商号変更
  • 会社四季報(週刊東洋経済 2009年1月17日号)
    • [9]日立国際電気(証券コード6756)は通信・情報、放送・映像、半導体製造の三部門を抱えた
    • [10]2009年1月時点の会社四季報は日立国際電気の3部門がそろって営業赤字と報じた

日立の選択と集中が装置事業を外へ動かす

日立製作所は2000年代後半以降、かつて約20社を数えた上場子会社を絞り込む選択と集中を進めた。2017年4月、日立は日立国際電気を米投資ファンドのKKRと日本産業パートナーズへ売却すると発表する。のちに映像・通信専業として残る側の社長となる佐久間嘉一郎氏は、日立とはほとんど事業上の相乗効果がなく、株式売却を迫られたわけではなく将来を見据えた選択だったと語っている。好調とはいえ変動の大きい半導体製造装置を抱え続けることは、日立にとってグループ全体の収益の見通しを立てにくくする要因でもあった。 [11][12][13]

  • 週刊東洋経済 2019年9月14日号(日立国際電気 佐久間嘉一郎社長インタビュー)
    • [11]日立はかつて約20社あった上場子会社を絞り込む選択と集中を進めた
    • [13]佐久間嘉一郎氏は日立との相乗効果は乏しく将来を見据えた選択だったと述べた
    • [12]2017年4月に日立が日立国際電気をKKRと日本産業パートナーズへ売却すると発表

2018年、日立国際電気は上場を廃止し、KKRの傘下で非公開化された。KKRの出資比率は6割で、日立も引き続き株式を保有した。同年、会社は半導体製造装置事業と映像・通信事業に分割され、佐久間氏は「社名は変わっていないが、中身は半分になった」と述べている。半導体を業績の柱としてきた会社が、映像・通信の専業として歩む側と、装置事業として独立する側とに分かれ、それぞれが別の資本のもとで別の速度で成長を目指す道へ進んだ。映像・通信の会社は社名に日立を残し、半導体製造装置の会社はKKRのもとで新たな名を得て、それぞれの道を歩み始めた。 [14][15]

  • 週刊東洋経済 2019年9月14日号(日立国際電気 佐久間嘉一郎社長インタビュー)
    • [14]2018年にKKR傘下で非公開化され、KKRの出資比率は6割であった
    • [15]佐久間社長は分割を「社名は変わっていないが、中身は半分になった」と表現した
  • 週刊東洋経済 2019年9月14日号(日立国際電気 佐久間嘉一郎社長インタビュー)
    • [11]日立はかつて約20社あった上場子会社を絞り込む選択と集中を進めた
    • [13]佐久間嘉一郎氏は日立との相乗効果は乏しく将来を見据えた選択だったと述べた
    • [14]2018年にKKR傘下で非公開化され、KKRの出資比率は6割であった
    • [15]佐久間社長は分割を「社名は変わっていないが、中身は半分になった」と表現した
    • [12]2017年4月に日立が日立国際電気をKKRと日本産業パートナーズへ売却すると発表

2018 成膜装置の専業メーカーとして独立し上場するまで

  1. 2018年会社分割で成膜事業を承継しKOKUSAIエレクトリックが発足
  2. 2018年日立国際電気が東証一部を上場廃止
  3. 2019年米アプライドマテリアルズが約22億ドルでの買収を発表
  4. 2021年アプライドマテリアルズによる買収が破談
  5. 2023年東証プライム市場に新規上場

KOKUSAIエレクトリックの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書・会社四季報等

独立とアプライドマテリアルズによる買収の破談

2018年6月、分割された半導体製造装置事業はKKR傘下の会社が承継し、商号を株式会社KOKUSAIエレクトリックに改めた。バッチ式の熱処理成膜装置に事業を絞った専業メーカーが、ここに実質的に誕生した。原子層堆積法によるバッチ式成膜装置での世界シェアは約7割に達し、この一点に強みを持つ会社であった。社長には、日立製作所やルネサス、日立国際電気を経た金井史幸氏が2018年6月に就き、富山県の生産拠点を主力にKKRのもとでの立て直しと成長戦略づくりに取り組んだ。日立という後ろ盾を離れ、成膜装置一本で世界の半導体メーカーと向き合う会社が、ここから動き始めた。 [16][17][18]

    • [16]2018年6月に半導体製造装置事業を承継し株式会社KOKUSAIエレクトリックへ商号変更
  • 週刊東洋経済 2024年2月10日号(KOKUSAI ELECTRIC 金井史幸社長インタビュー)
    • [17]原子層堆積法(ALD)方式のバッチ式成膜装置で世界シェア約7割を持つ
  • 週刊東洋経済 2024年2月10日号(KOKUSAI ELECTRIC 金井史幸社長略歴)
    • [18]金井史幸氏が2018年6月にKOKUSAIエレクトリック社長へ就任(日立製作所・ルネサス・日立国際電気を経る)

2019年7月、半導体製造装置で世界最大手の米アプライドマテリアルズが、KKRからKOKUSAIエレクトリックを約22億ドルで買収すると発表した。金井社長は、ほかの領域の製造装置と関係を築き半導体製造事業の全体を見渡せる環境に身を置く利点を見込んでの合意だったと振り返る。2021年1月には買収額が約35億ドルへ引き上げられたが、同年3月、中国の独占禁止法当局の承認が期限内に得られず、買収は破談となった。アプライドはKKRに1.54億ドルの解約金を支払い、世界最大手への合流という道は白紙に戻った。 [19][20][21]

    • [16]2018年6月に半導体製造装置事業を承継し株式会社KOKUSAIエレクトリックへ商号変更
  • 週刊東洋経済 2024年2月10日号(KOKUSAI ELECTRIC 金井史幸社長インタビュー)
    • [17]原子層堆積法(ALD)方式のバッチ式成膜装置で世界シェア約7割を持つ
  • 週刊東洋経済 2024年2月10日号(KOKUSAI ELECTRIC 金井史幸社長略歴)
    • [18]金井史幸氏が2018年6月にKOKUSAIエレクトリック社長へ就任(日立製作所・ルネサス・日立国際電気を経る)
    • [19]2019年7月にアプライドマテリアルズがKOKUSAIエレクトリックを約22億ドルで買収すると発表
    • [20]2021年1月に買収額を約35億ドルへ引き上げたが同年3月に中国当局の承認が得られず破談
    • [21]アプライドマテリアルズはKKRへ1.54億ドルの解約金を支払った

専業メーカーとしての上場と一本足という課題

破談を受け、KOKUSAIエレクトリックは単独での上場へ進んだ。コロナ禍やウクライナ侵攻で新規株式公開の環境が悪化し、上場は何度も延期されたが、2023年10月25日、東証プライム市場への上場を果たした。公開価格は1,840円、初値換算の時価総額は約4,800億円で、2023年でも最大級の新規公開となった。株式の売り出しは筆頭株主のKKRなど既存株主によるもので、KKRは上場を通じて保有比率を段階的に引き下げ、親会社に抱えられていた事業が資本市場に直接向き合う会社へと立場を変えた。 [22][23]

    • [22]2023年10月25日に東証プライム市場へ新規上場(公開価格1,840円)
  • 週刊東洋経済 2024年2月10日号(KOKUSAI ELECTRIC 金井史幸社長インタビュー)
    • [23]初値換算の時価総額は約4,800億円で2023年でも最大級の新規公開となった

上場後のKOKUSAIエレクトリックの売上高は、前2023年3月期で約2,457億円であり、そのうちNANDフラッシュメモリー向けが約4割を占めた。金井社長はバッチ式成膜装置への集中を強みとしつつ、事業がその一本に偏ることを悩みとして認め、化学気相成長法や熱処理といった隣接領域や、DRAM・ロジック向けへの広がりに成長の余地を見込んでいる。中長期では売上高を3,000億〜3,300億円へ引き上げる目標を掲げる。親会社の内で育ち、外で独立した成膜装置の専業メーカーが、単一の技術への依存をどこまで広げられるかが、上場後の成長を左右する。 [24][25]

  • 週刊東洋経済 2024年2月10日号(KOKUSAI ELECTRIC 金井史幸社長インタビュー)
    • [24]前2023年3月期の売上高は約2,457億円で、うちNANDメモリー向けが約4割を占めた
    • [25]中長期で売上高を3,000億〜3,300億円へ引き上げる目標を掲げる
    • [22]2023年10月25日に東証プライム市場へ新規上場(公開価格1,840円)
  • 週刊東洋経済 2024年2月10日号(KOKUSAI ELECTRIC 金井史幸社長インタビュー)
    • [23]初値換算の時価総額は約4,800億円で2023年でも最大級の新規公開となった
    • [24]前2023年3月期の売上高は約2,457億円で、うちNANDメモリー向けが約4割を占めた
    • [25]中長期で売上高を3,000億〜3,300億円へ引き上げる目標を掲げる

KOKUSAIエレクトリックの沿革1949〜2023年における主な出来事を抜粋

年月区分社長・CEO出来事重要度
会社設立国際電気株式会社を設立★★★
新規事業単結晶引上装置を受注し半導体製造装置事業に参入★★
株式上場東京証券取引所に上場(同年に市場第一部指定)★★
組織再編国際電気・日立電子・八木アンテナが合併し日立国際電気が発足★★★
事業売却日立が日立国際電気の売却を発表しKKRが非公開化へ★★
上場廃止日立国際電気が東証一部を上場廃止★★
組織再編会社分割で成膜事業を承継しKOKUSAIエレクトリックが発足★★★
企業買収米アプライドマテリアルズが約22億ドルでの買収を発表★★★
企業買収アプライドマテリアルズによる買収が破談★★★
株式上場東証プライム市場に新規上場★★★
出典・参考

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