NTTドコモの完全子会社化——4.3兆円の国内最大TOBによる上場子会社の解消

政府の値下げ圧力の下、澤田純社長はなぜ稼ぎ頭を4.3兆円で買い戻したか

更新:

時期 2020年9月
意思決定者 澤田純 NTT 社長
論点 上場子会社の解消とモバイル事業の一体化
概要
2020年9月29日、NTTが約66%出資する上場子会社のNTTドコモを、総額約4.3兆円のTOBで完全子会社化すると発表した経営判断。国内のTOBとして過去最大の規模で、1992年の分離から28年を経て、モバイル事業を本体の直接支配下へ戻した。澤田純社長が主導した。
背景
2020年9月に発足した菅義偉政権が携帯料金の値下げに意欲を示すなか、ドコモは国内シェア首位ながら収入・利益で大手3番手に後退していた。廉価のサブブランドを持たず、一般株主に配慮する上場会社の立場では、政府が求める一段の値下げに踏み込みにくかった。
内容
TOB総額は約4.3兆円。完全子会社化により、少数株主持ち分として連結から漏れていた3割強のドコモ純利益を取り込み、値下げで利益が減っても減益を避けられる財務基盤を整えた。あわせて手薄だった法人事業をNTTコミュニケーションズ・NTTコムウェアと束ね、グループの直接連携を強める設計とした。
含意
1998年に上場して資金化した稼ぎ頭を、22年を経て自ら買い戻す判断。上場子会社という二重構造を解き、モバイルを本体の一体経営へ組み込む再編の中核となった。効率の改善と政策対応を同じ一手で満たす狙いがあった。
筆者の見解

器を巻き戻すという逆説

この判断の中心には、稼ぎ頭を上場させて資本効率を高めた1990年代の設計を、みずから巻き戻すという逆説がある。上場子会社という器は、市場からの規律とグループの一体経営という二つの要請を同居させてきた。政府が料金の引き下げを迫る場面で、その同居は限界に達した。一般株主への配慮が値下げを縛るなら、株主を買い取って縛りを解くほうが早い——4.3兆円という国内最大の買い付けは、そうした割り切りの上に立っていたとみることができる。

もっとも、完全子会社化がドコモの競争力をそのまま取り戻すわけではない。財務の余力は値下げを可能にしても、失われた契約を呼び戻すのは商品とサービスの力である。井伊社長が「iモード以来ヒットがない」と社員を鼓舞したのは、その難しさの裏返しであったとみられる。上場子会社の解消は、モバイルを本体へ組み込む再編の一歩にはなったが、巨艦がそろえた器に見合う成長を描けるかどうかは、その後の商品力にかかっていた。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

上場子会社ドコモという二重構造

NTTは1985年の民営化後、移動体通信を分離し、1992年にドコモを子会社として切り出した。1998年にはそのドコモを東京証券取引所へ上場させ、稼ぎ頭を資金化している。以後、NTTはドコモ株式の約66%を握る親会社でありながら、上場子会社として多数の一般株主を抱える二重の構造を保った。本体の意向とドコモ少数株主の利害が食い違う余地は、この構造のなかに残された[1]

菅政権の値下げ圧力と3番手への後退

2020年9月に発足した菅義偉政権は、携帯電話料金の一段の値下げを政策に掲げた。同年6月に総務省がまとめた各国最大手事業者の料金比較では、ドコモの高さが際立っていた。ドコモは国内シェア4割超の首位でありながら、KDDIのUQモバイルやソフトバンクのワイモバイルにあたる廉価のサブブランドを持たず、政府からの値下げ要求が集中しやすい立場にあった[2]

一方でドコモの収益力は後退していた。契約数こそ首位を保つものの、収入・利益は大手3社のうち3番手まで下がり、値下げによる減益を埋める手立てを欠いていた。加えて、上場会社として一般株主に配慮する立場では、業績の悪化を伴う値下げには踏み込みにくい。政府の求めと株式市場の規律が正面からぶつかる位置に、ドコモは置かれていた[3][4]

決断

4.3兆円という国内最大のTOB

2020年9月29日、NTTはドコモをTOBで完全子会社化すると発表した。買い付け総額は約4.3兆円にのぼり、国内のTOBとして過去最大の規模となった。1992年の分離から28年を経て、モバイル事業が再び本体の完全な支配下に戻る。検討は同年4月中旬に始まり、6月にドコモとの協議へ入っていた[5]

完全子会社化の効き目は、財務面に表れる。少数株主持ち分として連結から漏れていた3割強のドコモ純利益を取り込めるため、値下げでドコモの利益が減っても、NTTは100%分を計上して減益を避けられる。澤田純社長は会見で値下げとの関係を否定しつつ、ドコモの財務基盤が強くなれば値下げの余力は当然出てくる、とも述べた。効率の改善と政策への対応を、同じ一手で満たす設計であった[6][7]

法人事業の立て直しとグループ連携

澤田社長がテコ入れの対象に据えたのは、KDDIやソフトバンクに比べて手薄だった法人事業である。ドコモを本体に取り込み、固定・無線の法人向けソリューションを担うNTTコミュニケーションズと、システム開発のNTTコムウェアとの連携を強める。6月にNTT副社長からドコモへ転じた井伊基之氏を新社長に据え、コスト削減と競争力の立て直しを託した[8][9]

結果

上場廃止と新料金プラン「ahamo」

2020年12月25日、ドコモは20年余りにわたる上場企業の歴史に幕を下ろした。上場廃止を待たず12月1日に社長へ就いた井伊基之氏は、持ち株会社でドコモ立て直しの戦略を練ってきた人物である。就任2日後、井伊社長はデータ容量20ギガバイトで月額2980円という新料金プラン「ahamo」を打ち出した。破格の設定に、ソフトバンクとKDDIも新プランで追随した[10]

値下げに動いた背景には、携帯契約数の純減があった。ドコモの契約数は3四半期続けて純減し、大手3社のなかで独り負けの状態に陥っていた。完全子会社化で得た財務の余力を、井伊社長は料金の引き下げへ振り向けた。12月18日には既存の大容量プランの値下げにも踏み込み、失ったシェアの回復を急いだ[11]

グループ再編の一部としての帰結

完全子会社化は、料金対応にとどまらずグループ再編の一部でもあった。NTTは長距離・国際通信を担うNTTコミュニケーションズをドコモの傘下に移し、法人事業をドコモへ束ねた。2024年、会長となった澤田純氏は一連の再編を振り返り、目的はグループを強くすることにあったと述べ、コムのドコモ傘下入りでコスト効率も上がったと総括した。ドコモのシェアも新料金プランで一定程度戻したが、回復はなお道半ばであった[12][13]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2020年10月10日号「NTTが4兆でドコモ吸収 携帯料金値下げへの布石」
  • 週刊東洋経済 2021年1月23日号「反撃のNTT 動き出した巨象」
  • 週刊東洋経済 2024年1月27日号「グループ再編の旗振り役が明かす、NTTの拡大戦略」
  • 日本電信電話 有価証券報告書(2021年3月期・連結・IFRS)