この創業が後年まで残したものは、大学新聞の求人広告という一見ささやかな取次のなかに、情報そのものを商品として流通させる事業の型を見いだした点にあったといえる。企業と学生という、互いを探しあぐねる二者の間に紙の媒体を差し込み、双方から情報を集めて再び双方へ返す——住宅情報も、とらばーゆも、カーセンサーも、仲介する対象を替えただけで、骨格は就職情報の創業期に組み上がった型を踏襲していた。
創業資金を借入に依存し、無名の媒体を1日12社の訪問で売り歩いた23歳の出発は、のちの巨大な情報企業の姿からは遠く見える。しかし、足で集めた情報を紙面へ載せ、その紙面をまた足で売るという循環は、媒体をデジタルへ替えながら形を変えて受け継がれてきたとみることもできる。創業の一手が事業モデルの原型をどこまで規定するのか——リクルートの創業は、その問いを静かに投げかけている。